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敏腕女社長は、暴力を振るう父を許せたとき、夫へのDVからも“解放”された

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 みなさん、はじめまして。子どもの頃に母親から虐待を受けていた、ライターの帆南ふうこです。

 あまり注目されることはありませんが、実は虐待を受けた人の「本当の闘い」は、オトナになってから。つらい過去を誰にもカミングアウトできないまま、「自分はまともに育ったのか不安」「人間関係がうまくいかない」「親の束縛から逃れられない」など、さまざまな生きづらさと付き合うことになります。

 この連載は、元・被虐待児=サバイバーである筆者が、自分の体験やサバイバーさんへの取材を元に「児童虐待のリアル」を内側からレポートするもの。2017年から「サイゾーpremium」に書いておりましたが、6回目の今回からは、この「wezzy」で展開していくことになりました。

 虐待を受けた「わたしたち」に残ったものとは何か? よじれてしまった家族への想いを胸に、はたして、そこに再生の道はあるのか?

 男女や世代を超えた、さまざまなサバイバーさんへのインタビューを通じて、答えを探っていきたいと思います。

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連載第6回「敏腕女社長」編

 最近、カレや夫を「殴るオンナ」が増えている。いわゆる「逆DV」である。でも、オンナだけを責めるのはいかがなものか。なぜ暴力なんか――と思うかもしれないが、それは「彼女」が子ども時代に虐待を受けていたサインかもしれないのだ。

 2017年7月、梅雨空がまだ残る新神戸。待ち合わせたホテルのラウンジに、タクシーを飛ばして来てくれた香さん(仮名・52歳)も、過去に逆DVで数々の男を泣かせてきた張本人だ。オモテの顔は実業家。18歳で実家を出てから、宝石商、大阪アメリカ村でのアパレル店経営などを経て、ヘアサロン経営では、開始から1年半で年商2億円、3店舗で社員60名を抱えていたという女傑である。

「いい人であればあるほど、腹が立つんですよね。こいつバカなんじゃないのって思っちゃう。罵倒しながら助走をつけて跳び蹴りしたこともありましたよ」

 そんなことを、とてもかわいらしい声で言うから拍子抜けする。小動物のように黒目がちな瞳を細めて「よくアニメ声って言われます」と、クスクス笑いながらミルクティーを注文する香さんは、今では人生経験を生かしたコーチング業で、5000人以上にセミナーを行っているそうだ。

 子ども時代のことを尋ねると、「かなりすさまじいDV家庭でしたね」とまた笑う。香さんは長めの前髪が目にかからないようにするためか、少し斜めに構えて下から覗きこむようなしぐさをする。その瞳が、一瞬だけ何かに挑むかのように見えた。

食卓にコンロや鍋が「飛ぶ」

「父から母への暴力がすごかったんです。たとえば晩ごはん中、突然父が箸で母の手をガッと刺したら、手のひらを貫通して骨が見えちゃったり。すきやきを食べていたら、鍋を素手でつかんで火のついたカセットコンロごと母に投げつけるんです。父はすぐ出て行ってしまうんですが、わたしは長女なのでドロドロに溶けたブラウスをハサミで切って、母を病院に連れて行っていました」

 商社に勤務し、中国との貿易を担当していた父。香さんが小学生だった1970年代は、日中の国交が正常化された直後。彼はきっとやり手のビジネスマンだったに違いない。浴びるように酒を飲み、愛人とのセックスの具合まで子どもの前で得意げに語る。一方「夫は絶対」と決して反抗せず、ご近所に気づかれまいと、あざで腫れた顔を隠そうとする母。3きょうだいの一番上だった香さんは「母と弟妹は自分が守らなければ」と、小学生ながらに「小さなお母さん」を必死に務めた。

「ご飯の時間は、『早く食べて自分の部屋に行かなきゃ』という焦りで頭がいっぱいでした。じゃないと、何が起こるかわからないから。男勝りな性格だったので、母への暴力を止めようと仲裁に入って、わたし自身が殴られることもありました。そんなとき、守ったはずの母から『お父さんに歯向かうんじゃない』と叱られたのが一番つらかったです。父のことは、アイツさえいなければとか、死ねばいいって思ってましたね。この家が普通じゃないということはわかっていました」

 さらに10歳のとき、見知らぬ男から性的な暴行を受けた。夕暮れの公園で茂みに連れていかれ、無理やり男性器をくわえさせられた。警察沙汰になって初めて、母から「赤ちゃんができる仕組み」を教えられ、言葉にならないほどのショックを受けたという。父のDVも影響して、香さんがイメージする男女関係は最悪なものとして刷りこまれてしまった。

――そんなに恐ろしい体験をしたら、思春期に男の子と付き合うにはためらいがあったのでは? という問いに、香さんは強い視線を向けてきっぱりと否定する。

「いいえ、逆です。絶対普通に恋愛して、普通に生きてやる!と決めていました。だって、それをしなかったら、犯罪者であるアイツに影響されてるってことじゃないですか」

 いろいろなサバイバーの話を聞いていくと、彼らには大きく分けて「虐待が原因で内にこもってしまうタイプ」と、「虐待への怒りをオモテに出していくタイプ」があるように思う。香さんは後者。いうなれば、ファイター系のサバイバーなのだ。

こいつ、イイ人のふりをしてるんじゃないか

 あれだけ憎んだはずの暴力。ところが、10年後には一転。なぜか香さんが「暴力を振るう側」に回っていたという。その行為の激しさは冒頭に紹介した通りだ。

「でも当時は、自分が加害者だなんて思いもしませんでした。むしろ、どんなに優しそうな人を選んでも、最後にはみんな暴力を振るうようになるので不思議でしょうがなくて。『結局は男ってみんな殴るものなんだ』って信念を強めていたぐらいです」

 暴力を振るう自分に気づいたきっかけは、30代半ばで当時の恋人に言われたセリフ。

「『君と付き合ってから僕は変わってしまった。こんなことしたくなかったのに……もう終わりだ!』って、おいおい泣くんですよ。そのとき、『あれ、もしかして悪いのはわたし?』って考えるようになりました」

 振りかえれば、思い当たる節はいくつもあった。

「自分の中で、男といえば父親や変質者のように『暴力を振るう人』。だから、優しくされることが続くと『こいつイイ人のふりをしてるだけじゃないか』って不安になるんですよ。それで、その人の暴力性を試すように、わざと怒らせるようなことをしてたんです。わたしから先に手を上げるのはもちろん、相手に自分を迎えに来させておいてそこに自分はいなかったり、急に連絡を断ったりとか。男という存在に復讐をしていた部分もあると思います」

 その逆DVを克服したきっかけは?

「30代後半で、手がけていた美容室のビジネスが拡大したときです。スタッフを大幅に増やしたときに、自分の考えが全員に伝わらず苦労しました」

 そこから心理学を学び始め、カウンセリングを受けた際、幼い頃の体験が今に影響していると知った。では、香さんはカウンセリングで虐待を克服したのだろうか。

「いえ、途中でやめました。もう克服しなくてもいいやって。カウンセリングで忘れようとしていた過去を掘り起こすという作業は、身体が拒否反応を起こすほどにつらかったんです。顔中に膿がドロドロ出るようなじんましんができて治らず、こんなんじゃ美容の仕事が続けられないと、いつも鏡を見て泣いていたほどです。過去にトラウマがあると、傷を癒さない自分はダメな人間だと落ち込む人もいるけど、決してダメじゃないし仕方がないですよ。だってつらいんだもん」

 癒せない傷を封印して、もう触れないと誓うのもひとつの決着だ。過去に自分なりの折り合いをつけられたおかげか、数年後に香さんの暴力は収まっていた。社員との意思疎通も円滑になっていたという。

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帆南ふうこ

1980年生まれ。世界で一番緊張する場所が「家の中」だった虐待サバイバー。ここ数年はライターとして、サバイバー仲間に取材をしながら親交を深めている。「虐待がフランクに語られ、被害者も加害者も相談しやすくなる世の中」を野望に、日々種まき中。

twitter:honami_fuko

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