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長島一茂がスマホ育児に「そういう親は最悪だよ」、子育てを日本の闇につなげる乱暴さ

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 長嶋一茂としては正論のつもりであり、親子にとって最良の方法を諭しているつもりなのだろうが、子育て中の親にとってはプレッシャー、そして非現実的な提案としか思えなかった。食事の用意から解放される外食を息抜きにしている親だっているだろう。オーダーしたものが届くまでの時間など、退屈になった子どもが騒いだりぐずったり、あるいはテーブルや椅子によじ登るといった行為に及ぶこともある。そんな時、スマホを利用すれば子どもを落ち着かせられるとしても、“絶好の教育の場”だなんて意識をいちいち高く持っていたら息抜きにならないし、子どもも楽しくなくなるのでは。そもそも、ほとんどの親は、騒いだりぐずったりする子どもに対してスマホを見せるだけでなく、「もうちょっと静かにして」など口頭注意もしていると思うが。

 また、阿川は「店の外に出す」という提案をしていたが、これもケースバイケースである。大沢のように2人の子どもを同時に育てている場合、一旦外に出るにも荷物が多くて大変だったり、上の子が「まだ食べていない」と嫌がる可能性だってある。大沢も「そういいう時は食べないで出るか」と言っているわけだが、これがいったん中断するという意味なのか、帰るという意味なのかは判然としなかった。ぐずっている子どもを連れて店の外に出てまた戻ってくるのか、食事を諦めて帰るか、子どもにスマホを見せるなどしてなるべく早く食事を終わらせるか、どうするのがベストかは、利用する店やその時の状況によっても変わる。また、長嶋や阿川の利用する飲食店と、大沢が子連れで利用する飲食店は価格帯や雰囲気が全く異なる可能性もある。

 何より厄介なのは、この議論が、「相次ぐ不可解な殺人事件 日本社会が抱える闇とは!?」とのテーマで発生していることだ。スマホという今や誰もが持つツールを、子どもとのコミュニケーションで利用するだけで「日本社会が抱える闇のもとだ!」と糾弾されては身がもたない。子どもに精神的・身体的虐待を加えたり、養育を放棄したり、過剰な期待を課したり理不尽な要求をしたり……そうした親と子の関係がねじれるのはわかるが(親側の問題行動にも何らかの解決すべき背景がある可能性もある)、「スマホ育児」が日本の闇と言われても困惑するしかない。もうスマホ育児がどうのこうのと騒がれてもスルーするのが一番のような気さえするが、いかがだろうか。

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