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穂村弘×枡野浩一対談【2】「表現は現実に従属すべきか否か」

【この記事のキーワード】

どうしたら可愛く書ける?(枡野)  枡野さんには無理(穂村)

穂村 それはねぇ、村上春樹さんの書くものが天国だったら、枡野さんは普通。村上春樹さんの書くものが普通だったら、枡野さんの書くものは地獄。

枡野 ああ~……。

穂村 僕の中ではね。今日のテーマの、なんだっけ、「嘘」と「人気」と……

枡野 「嘘の範疇と人気」。

穂村 っていうことでいうと僕が真っ先に思い出したのは、自分が学生の頃、初めて村上春樹に出会ったときのショックで、「こんなに素敵で気持ちいいものがあったのか」って思ったのね。
で、そのときは喜んで読んでたんだけど、読めば読むほど、自分が現実でなにかをすることが怖くなるわけ。春樹の世界のほうが素敵で快適で、自己愛が満たされて、なんも嫌なことがないわけ、読んでて。
読者からするとノーリスク・ハイリターンなの。村上春樹の書くものは。ノーリスク・ハイリターン、いいじゃん? ノーリスクでハイリターンだったら(笑)。
だけどそこに浸ってから、村上春樹の小説の外に一歩出ると、全然もっと、そのリスクとリターンの関係が全然もっと厳しいわけ。現実の中ではね。
だから、それを「嘘」と呼ぶのであれば、非常に嘘なんだよね、あの世界は。そして僕は、とても罪深いって思ったのね。

枡野 はい。

穂村 枡野さんはまったくそれがなくて、この世にはノーリスク・ハイリターンなどないということを、もういいっていうくらい、オーラに帯びた文章だから。「地獄みてえな文章だ」っていうのは、学生時代の僕のようにノーリスク・ハイリターンを夢見ている者にとっては、焼きゴテをジュージューあてられるくらい嫌なわけ。

枡野 そうですか……

穂村 そんな「目を覚ませ!」みたいに言われるのは。眠らせてくれ、いい夢をみてるのに、なんで起こすんだ……みたいな。

枡野 はぁ~……

穂村 そして僕の中の「春樹成分」は枡野さんより遥かに高いと思っているから。

枡野 僕、春樹は、最初から嫌な気持ちになろうと思って読み始めたわけじゃないんです。普通に読んでたんです。
でも、本当に僕にとって面白くないんですね。一番酷かったのは、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』という本を買って、読み始めて、読み終わるのに一年かかったんですよ。つらくてつらくて。もう苦行のように、途中で何度も、「うわっ、だめだ!」って本を閉じて……。
だからこれはさっき梅﨑さんが僕の本を「地獄のようだ」と言ったのに近いというか……。なんでこんなもん、読まされなきゃなんないんだ、と。
で、一冊を一年かけて読んだときに、ああ、もう、この人は自分にはだめだ……と思ったことを覚えています。そのわりにはその後も読んでるんですけどね。

穂村 『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』好き、…………どうして、ノーリスク・ハイリターンを求めないの?

枡野 う~~ん、だって、それは……元々気持ちよくないものなんですよ、僕には。だから、それは“下戸”みたいなものだから。「我慢して飲んでれば、お酒強くなるよ」って言われても、強くならないんですよ。

穂村 でも、相対的には少数派なんだと思うよ。みんなが村上春樹をあれだけ好きだってことからすれば。

枡野 ただ、村上春樹が好きだって人が多いとしても、本を読む人自体が凄く少ないじゃないですか、世界の中では。だから、本を読む人たちの世界の中では、村上春樹を好きな人が多いだけじゃないのかと思うときがあります。

穂村 確かに、春樹的な、ノーリスク・ハイリターンな書き手ってもっとたくさんいたけど。バブル崩壊……その後に震災とかいくつかダメージがあったでしょ、現実のダメージが。それでみんな、だんだんそういうものに対するノリは、バブル期よりは悪くなったと思っていて。
僕も、もう何十年も、村上春樹の新刊、読んでないから、凄く初期の記憶なのね。キラキラして凄く素敵っていうのは。

枡野 穂村さんのエッセイが(読者から)どこまで本当かよく聞かれるということなんですけど、それは春樹のように、ノーリスク・ハイリターンのようなものを書こうとして書いてらっしゃるんですか?

穂村 そのつもりはないけど、かなり(自分の)体質がそうだと思うよね。読者が自己愛を充足させることに対して、枡野さんのようにわざわざ「目を覚ませ」とまで言う根気と気合いがないな、僕は。別にいいんじゃないの、夢みてても……と思っちゃうというか。

枡野 う~ん……

穂村 いちいち先回りして、「目を覚ませ」っていう感じの文章でしょ、この本?

枡野 そうなんですかねえ?

穂村 (会場の参加者に)そうだよね?

会場 (笑)

枡野 そうなのかなぁ……

穂村 自分に好都合な世界であればいいという気持ちがわからないんだよね、枡野さんには。

枡野 うーん、あんまり好都合じゃないですしね、現実的に。

穂村 いや、現実がそうであるからこそ、自分に好都合であればいいって、夢みるわけよ。

枡野 そうなのかぁ。でも、それは、あの、どうなのかぁ。自分はまず、日常生活が普通に営めないので。もう、自分でいろんなことを気にしてないと、ここ(会場)に来るまでも大変なレベルなわけですね。だからそれ(自分の営みづらい日常生活)を備忘録のように書くだけでも、世界を地獄のように見てるようになっちゃうんですよ。

穂村 ここに来るまででも大変だってみたいなことは僕だって書くけど、もっと可愛く書くから。

会場 (大笑)

穂村 可愛いっていうのは、そこに読者がノレるってことで。読者の自己愛への回路と書かれたものがつながるとき、抵抗感なく好きになることができるでしょ?

枡野 どうしたら可愛く書けるんですか?

穂村 枡野さんには無理だよね。

枡野 無理なんですか(笑)。

穂村 無理なんだけど、その美質を十分に評価されてるとは思えなくて……。なんか、枡野さんの美質は、そこをね、フェアにずっとやることにあるんだけど、そのアピールはあんまりなくて……。たぶん、その構造に対する自覚や、重要性の認識が薄いからもしれないけど。

枡野 あんまり僕、アピールは強くないんですよ。世間のイメージと違って。もの凄く自己主張強いように思われるんですけど。こういう本、書いてるとね。

穂村 (枡野さんは)欲望や自己愛が薄いから。枡野さんがいろんな論戦みたいなことになったときにとても強いのは、常に枡野さんの相手のほうが自己愛が強かったり、欲望が強かったりするから、より薄いほうが勝つようなところがあるでしょ?

枡野 そうなんでしょうかねえ……

<続く:第三回

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◆穂村弘
歌人。1962年生まれ。
1990年に第一歌集『シンジケート』で歌人デビュー。2008年に『短歌の友人』で第19回伊藤整文学賞を、『楽しい一日』で第44回短歌研究賞を受賞。2017年に『鳥肌が』で第33回講談社エッセイ賞を受賞。著書に『ラインマーカーズ―The Best of Homura Hiroshi』『世界音痴』『現実入門』『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』などがある。2018年に17年ぶりの新歌集『水中翼船炎上中』を刊行。

 

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(構成:藤井良樹)

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