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穂村弘×枡野浩一対談【3】「なぜ西荻窪を花荻窪と書いたかというと」

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撮影/天田輔

【1】「言葉の透明度について」
【2】「表現は現実に従属すべきか否か」

 枡野さんが「どうしても話したいのが斉藤斎藤って人なんですけど」と、歌人の斉藤斎藤さんの話を始めます。

 「(斉藤斎藤さん本人は)「本名だ」って公の場で言ってて、僕は本名のはずないと思っているんです」と枡野さん。

 それに対し、穂村さんは、「僕なんかは、そこまで自分の名前にこだわってもらったら嬉しいと思うけど、ただ、斉藤斎藤は喜んでないと思う」と言い放ちます。

 そして、穂村さんが「西荻窪」を「花荻窪」と独自の造語で書くことへの、 枡野さんからの反感とうらやましさへと話は発展していきます。さらに穂村さんは、枡野浩一という人間に自分が頼るときがあるとしたら……と、ある意味、究極の「枡野浩一論」を述べるのでした。

僕は斉藤斎藤さんにいじわるをしてるんでしょうか?(枡野)

枡野 僕は、穂村さんとちょっとだけ話したときのことも凄く覚えていて。穂村さんは、「嘘と本当なんて、そこまで峻別できるものじゃないんじゃないか」とおっしゃったことがあって。でも僕の中では、「これ、嘘じゃないか!」って思うことがどうしてもあるわけなんですね。それで、その例として、どうしても話したいのが、(歌人の)斉藤斎藤って人なんですけど。
斉藤斎藤さんって人は変なペンネームを使ってるんですね。「さいとうさいとう」っていう。名字と名前が違う「さいとう」なんですね。でも(斉藤斎藤さん本人は)「本名だ」って公の場で言ってて、僕は本名のはずないと思っているんです。
僕は初期の頃から交流があったから、彼は最初の頃は「本名だ」って言ったことなかったのに、あるときから「本名だ」って言い張りだしたことも覚えているんですね。
ただ僕の記憶違いのせいで、僕がある間違いをしちゃって、(斉藤斎藤さんのことで)間違えたツイートをしちゃって。そのことについては謝ったんですけど、だけど、「斉藤斎藤は本名じゃないじゃない?」とは思っていて。
『穂村弘ワンダーランド』という本の中に斉藤斎藤さんがエッセイを書いてらして。最初自分は、斉藤斉藤という名字と名前が一緒だったのに、穂村さんの投稿欄に投稿したことで(字を間違えられて)、斉藤斎藤という名前になった――というエピソードを書いてらっしゃるんですけど……。これもなにか、穂村さんの側で覚えてらっしゃること、あります?

穂村 覚えてない。

枡野 これがもし実話だとしても、だとしたらより、斉藤斎藤が本名だってことが嘘だと思ったの。本名の斉藤斉藤で穂村さんのところに投稿したことでちょっと変わってしまった斉藤斎藤です……っていうんなら事実だと思うけど、字が違ってしまったら本名じゃないじゃないかとまず思って。
そのことを本人にも伝えたかったんだけど、もうその時点では「枡野は嘘つきだ」みたいな話になっちゃってて。
記憶違いは謝ったんですけど、なんかもうみんながそっち(斉藤斎藤)の味方になって、僕はひとりだけ、“斉藤斎藤さんをいじめてる嫌な奴”ってイメージになってしまったことがあるんですね。
でも僕は未だに、彼がここに書いたエピソードと、彼が本名だって言い張ってることが矛盾してるじゃないかってことだけが気になってるんですけど。でも僕がそこにこだわる時点で、僕は彼にいじわるをしてるんでしょうか?

穂村 いじわるだとは思わないけど、やや異様な感じはする。

枡野 はい。

穂村 どうしてそこまでこだわるのかが、よくわからないんだけど。

枡野 なんか、僕、斉藤斎藤っていう、字が違う名前を並べるのって、凄く不愉快なんです、僕にとっては。

穂村 う~ん……。

枡野 それは、人の名前だからしょうがないんだけど、そんな変な名前をつけるのはよくないよって。初期の頃は、僕の(付け句を募集するための)掲示板に彼は投稿していたから、本人に言ったこともあるんですね。「これから歌人として活躍するときにその名前は損するんじゃないの?」……って。

穂村 …………。

枡野 っていう経緯があったから、未だに言ってるってこともあるんだけど。本来、そんなことで名前を変えてほしいと思っているのではないのだが! 少なくとも、「それを本名と言い張るのはどういうことなんだろうな!?」 「面白くないな!」――と思っているんです!

穂村 ………………。うんっと……。こういうとき、なんて言えばいいのか……。あの……う~~ん。そ、そ、それくらいの事象って、世の中にいっぱいあるような気がするけど、そんなことないの?

枡野 う――ん、あるのかなぁ。例えばなんですか? こういう(斉藤斎藤を本名という)言い張りって?

穂村 …………

枡野 なんのために言い張ってるのかもわかんないし!

穂村 斉藤斎藤という名前が凄く嫌だというのは枡野さんの主観だから。嫌なネーミングなんて世の中にいっぱい……

枡野 ありますありますありますけど、(斉藤斎藤本人が)「嫌なペンネームです」って言ってくだされば、「嫌なペンネームですね」で終わるんですけど……

穂村 うん。

枡野 「本名です」って言われると、「いや、本名じゃないでしょう!」と思っちゃうわけですよ。

穂村 (斉藤斎藤さんは)「本名です」と言いたかったんじゃないの?

枡野 うーーん、言いたかったのかもしれませんけど、そこで「本名じゃないでしょ!」と言い続けてもいいんじゃないかと思ったんです、僕は!

穂村 まぁ、いいよ。

枡野 うふふふ(笑)。

穂村 (実際に枡野さんは)そうしてるわけだからね。

枡野 はい。でもそれがなんか、結果的に僕がそう言い張ったことで、斉藤斎藤がなんかいい名前だって言い張る歌人まで出てきちゃって。まぁ、石井(辰彦)さんなんですけど。僕が言ったことが逆効果で、よりこの名前を広めてしまい、よりこの名前を強固にしてしまったと凄く反省しているんです。

穂村 …………う~~ん……う~~ん。僕なんかは、そこまで自分の名前にこだわってもらったら嬉しいと思うけど、ただ、斉藤斎藤は喜んでないと思う。

枡野 はい。

穂村 …………松尾スズキとかは、いいの?

枡野 松尾スズキという名前は……本名だと言い張らないから。もし松尾さんが本名だと言い張るのなら、つまんないことをおっしゃるなと思うと思います。

穂村 う~ん。

枡野 で、あの、実際に昔、小説家で斉藤斉藤って人がいたらしいんですけど。戸籍名が。そういう事実がある以上、ペンネームなのに本名と言い張るのって、なにか凄く気持ちの悪いことなんですね。
人の名前なので気にしなくていいとも言えるのですが! ただ、単純な行きがかり上、「本名じゃないでしょ?」と(僕が)言ったことに、ずっと反論されていると僕は思っていて。「それは嘘だし、納得できません!」っていうのが僕の主張なんですけど――。

穂村 うん。

枡野 でも世間の人はみんな、「枡野さんの言い分は全く共鳴できない」とか、「それはデーモン小暮(現在はデーモン閣下)が何万何歳とか言ってるのと同じなんだから、言うだけ野暮」って言うんだけど。野暮だと言われても、嘘は嘘じゃないですか!

穂村 …………

枡野 ――――ってことを、いつも言っちゃうんですね。

穂村 うん。

枡野 なんでみんなそこに寛容なの……? 僕、歌人って経歴詐称の人が多いと思ってるんですね。塚本邦雄さんとか。寺山修司さんとか。どこまでを経歴詐称というかとかいろいろあるでしょうけど。あと、本人はそのつもりじゃなくて、周囲の人が間違えてるだけのこともあるかもしれませんよ。
でも僕から見ると、本が出るたびに生まれ年が違ったり、エピソードが違ったり。寺山修司なんか評伝がいっぱい出てるから、いろんな人がいろんなこと言ってるから。結構、本人の自称も間違えてて……。
なんでみんな、そういうことに寛容なんだろう?(ドキュメンタリー映画)『全身小説家』の主人公の小説家(井上光晴)みたいに嘘つきなのに……って思っちゃうんですよ。

穂村 う~ん、まぁ、寺山修司は“言葉で過去も改変できる”っていうふうに言っていたから、どこまでそう思ってたのかはわからないけど、その実践だったかもしれないよね。

枡野 はい。

穂村 寺山や斉藤斎藤に代わって言うことはできないから、俺には。この問題に関しては枡野さんの1000分の1くらいしか考えたことがないので、なんて言っていいのか、急速に困っているんだけど。
自分のことに関して言えばね、「花荻窪」……。西荻窪のことをなぜ花荻窪と書いたかというと、まぁなんとなく面白かったからなんだけど、大して面白くないと言われればそれまでだけど。
でも僕の中では大島弓子という好きな漫画家がいて、『綿の国星』という作品があるのね。その中に中央線が出てくるんだけど、その沿線のことが、<「昼荻」「痴気情事」「夜鷹」とつづく、この沿線の延長線上に……>ってフレーズが出てくる。「昼荻」は「西荻」、「痴気情事」は「吉祥寺」、「夜鷹」は「三鷹」なんだけど。
僕はそれを高校生のとき読んで、素敵だって思ったのね。たぶん作者の発想の最初は「吉祥寺」を「痴気情事」と言い換えたことだと思うのね。痴気情事は、乱痴気騒ぎの痴気に『昼下がりの情事』の情事。だからとても少女漫画っぽい可愛い絵柄の中に、性的な言葉だよね、痴気情事っていう。
そしてたぶんそのセクシャルなものに引っ張られて、「三鷹」を「夜鷹」にしたんだと思う。夜鷹っていうのは江戸時代の娼婦のことだよね。下層の娼婦。で、最後に「西荻」に来たんだと思う。順番で言うと「吉祥寺」「三鷹」「西荻」。吉祥寺を性的な文字で書いて、次に三鷹を夜鷹に変え、それで夜に対して昼で、西荻を昼荻にしたんだと思う。痴気情事を挟んで昼と夜ね。
それで、僕はなんとなくそれを覚えてなくて、あのとき枡野さんに(花荻窪について)言われてから、ああ、『綿の国星』のことが頭にあったのかな……と思ったのね。それがひとつ。
もうひとつは、まついなつきさんっていう、僕が知ってるときは漫画家さんだったんだけど……

枡野 今は阿佐ヶ谷(枡野の仕事場「枡野書店」の近所)で占い師さんをやられています。

穂村 その方の昔のエッセイ漫画みたいなのに、「花東京計画」というタイトルだったと確か思うんだけど……。これは、「“花小金井”ってなんだ?」って言う話なわけ。

枡野 小平市にあるんですよね、花小金井。

穂村 そういう駅があるんだよね。「西小金井」とか「東小金井」とか「北浦和」とか「中浦和」とか「南浦和」とか……まぁそんな東西南北とか中とか武蔵とかならわかる……でも「花」ってなんなんだよっていう……それでいろんなものに「花」をつける「花東京計画」というエッセイだったんですね。「花池袋」とかね。それも記憶のどこかにあって「花荻窪」って書いたんだと思う。

枡野 なるほど。僕がしつこく聞いたおかげで、こんないいエピソードが聞けましたね。

穂村 でも別に深く考えたわけじゃない。それは特にそんな罪深いこととは思わずにやって……。でも枡野さんに10回も20回も言われるから……。これはどこがいけないの?

会場 (笑)

枡野 漫画だったらいい気もするんですけど、普通、エッセイって事実だってことを前提に読まれるものじゃないですか? でもさっき言ったみたいに、うらやましい気持ちもあるんですよ。どこまでが嘘でどこまでがほんとかわからないあわいの中で「花荻窪」が出てくる素敵さ……

穂村 うん。

枡野 ……もあるんだけど、でも「ああ、決して僕は花荻窪とは書けない、どうしても書けない」という葛藤があって。その象徴のように輝くのが「花荻窪」なんですね。だから、あの、穂村さんのエッセイって、例えばですけど、ファン代表として言うと、初期のエッセイで、女性編集者といろんな所へ行くやつ……人生の経験値が出てくるやつ……あの本(『現実入門』)で最後に結婚するんですけど、主人公(穂村弘)が。その結婚相手が女性編集者だって誤解する人、多くないですか?

穂村 そう読めるように書いてありますからね。

枡野 そこはどうなんですか? わざとミスリードしてる!?

穂村 はい。

枡野 ……なるほど。それに関して、あまりためらいはないんですか?

穂村 本人が良ければ。

枡野 その女性編集者が? 共犯として?

穂村 はい。

枡野 僕、そういう手法が昔から気になるほうで。例えばほら、村上春樹さんが架空の小説家のことをあとがきに書くとか。あれ、そもそも春樹自身のことですよね?

穂村 デレク・ハートフィールド?

枡野 そう、ハートフィールド。本当はいない作家なんですけど。あと寺山修司がほんとはない格言を章立てに書くとか。そういうのが別につまんないとは思ってないんです。ただ、ありなんだろうか、と。ちょっとずるいんじゃないのかって気持ちはあるかもしれませんね。

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枡野浩一

歌人。1968年東京生まれ。小説『ショートソング』(集英社文庫)ほか著書多数。短歌代表作が高校の国語教科書(明治書院)に掲載中。阿佐ヶ谷「枡野書店」店主。最新情報はツイッター【@toiimasunomo 】で。

@toiimasunomo

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