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穂村弘×枡野浩一対談【5】「普通の人はもっと、恥ずかしい欲望を持ってしまっているんだよ」

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撮影/天田輔

【1】「言葉の透明度について」
【2】「表現は現実に従属すべきか否か」
【3】「なぜ西荻窪を花荻窪と書いたかというと」
【4】「僕は迷惑だとはっきり言ってほしい」

 枡野浩一さんの「狂気」「欲望」「地獄モード」「なぜ可愛く思われないのか」etcを、穂村弘さんは愛憎を隠さずしかしクールに分析します。

 戦争のない時代、ミッションのない時代の「自己愛」と「自己実現」、歌人におけるペンネーム問題、「文語短歌」と「口語短歌」の違い……。短歌を軸として、ネット社会の問題へも話は及びました。

倫理的な者同士がみんな似ていると不安になる(穂村)

枡野 なんか、ネットって今や、素敵なペンネームでみんなが顔を隠して作るじゃないですか。それでツイッターで「Tシャツ短歌コンテスト」とかやったりしているんですけど、(応募作品を読んで)いいなぁ、ちょっといいなぁ、とは思う。
でもこの人はこれをどこまで本当に思っていて、本当に背負って生きているんだろうかということが、わかんなくなるときもあるんですね。ペンネームが変だったりすると。

穂村 (ペンネームに)「月」が入ってたりね。

枡野 月が入ってたりとか。あと僕、コンテストで選んじゃったんだけど、なんとか流星群……ペルセウス座流星群とかさ……。いいんだけど、その名前で書いてることでの責任の負わなさみたいなものが……。(枡野注/「ネコ短歌コンテスト」入賞のペルセウス座流星群さんは会ったら素敵な人でした)

穂村 あんなにフィクショナルなものを推し進めた(歌人の)塚本邦雄や寺山修司がね、自分たちの名前を嘆いてるやりとりがあるわけ。
「俺の名前なんか“塚”だぞ」「俺なんて“寺”ですよ」みたいな感じで。「こうだったらよかった」みたいなのを塚本さんなんかは結構いっぱいね……

枡野 塚本邦雄、ペンネーム使ってましたもんね、ちょっとはね。

穂村 そうそうそう。それなら使えばいいじゃんと思うけど、でもそれはしない、みたいな。でもさ、今聞いてて思ったけどさ、誰よりも「背負えるか問題」に倫理的に厳しいのは、枡野さんの他は斉藤斎藤がそうだけど、それでもシンパシーは持てないの?

枡野 うーーーん、なんででしょうね。斉藤斎藤さんのやってることって、物凄くわかるんですよ。わかった上で嫌いなんです。

穂村 うん、だから……

枡野 なんでだろう、なんで嫌いなんだろう。わかんない。でももう、嫌いなんだもん。

穂村 好きなんじゃなくて?

枡野 あの、手に取るようにわかるんですよ、何をしようとしてるのかが。「でも僕はやんないぞっ!」ってことをやるんですよ、彼は。もっとも僕が考えてやんないようなことを彼はやるんですよ、いちいち。

穂村 ほっとするよね。僕、自分の倫理観に自信がないから、倫理的な者同士がみんな似ていると不安になるわけ。倫理的な者同士が喧嘩……仲悪かったりすると、ほっとする。

枡野 あぁ、そうですかぁ。

穂村 あのね、猫や文鳥に個体差があるとか、昆虫にも個体差があるとか……。あんまりいい比喩じゃないな(笑)。なんか、メカニックなものにも個体差があると嬉しくなる。そういう感じで、表現において本来自分の敵側にいるような人たちでも仲悪いと、別に敵の敵は味方みたいにはならないんだなって。

枡野 敵同士でも意見合わないんだなって、安心するんですね。

穂村 あとね、自分のライバルや敵同士が戦いあう回とかあるじゃん。漫画とかでね。バトル系のものとかで。それとか、いいよね、やっぱり。今、『HUNTER×HUNTER』の作者がそう言ってて、ちょうどそれをやってるんだけど。

枡野 そうなんですか。敵同士が戦う?

穂村 そう。主人公が……主人公が僕だとして、敵同士……例えば吉川宏志と斉藤斎藤が「ギャーーッ!」って腕がもげるまで戦うっていうのが……愉快なの。

枡野 愉快なんですか。

穂村 そこに枡野浩一を入れて……怪獣大戦争みたいな。実際、怪獣モノってそういうふうに作るもんね。単純にウルトラマン対怪獣だと興奮度がたりないとき、ウルトラマンがやられる間一髪のとき、怪獣同士が仲間割れはじめるとかさ。

枡野 なるほどねえ……そうだったのか……。僕からすれば斉藤斎藤はペンネームだし、穂村さんも本名じゃないから、どっちかというと「ペンネーム派」というジャンルからすれば近いように見えてたんですけど、そうでもない?

穂村 多少、大雑把だね。「ペンネーム派」なんて。

枡野 だってさ、僕が角川短歌賞に投稿してた時代、穂村さんはもうデビューしてらしたけど、勝手に「枡野浩一」に変えられましたよ。当時、僕、「水戸浩一」というペンネームを使ってたんですけど、投稿したら勝手に名前変えられて載せられていて。編集者の人の強い意志を感じたんですけど。

穂村 うん……

枡野 どうでした? 当時、「ペンネームなんか使うな!」みたいな風潮がありませんでした?

穂村 タイトルとかも変えられちゃったりね。

枡野 そうでしたねえ。僕、「ペンネーム派」ってそんなに乱暴な括りじゃない気もするんですが。どうなんでしょうね、そのへんはね。

穂村 「月」は入れないほうがいいよって枡野浩一が言ってたよっていろんなところで何回も言ったよ。

枡野 あぁ……

穂村 ペンネームに月が入ってると、って……

枡野 だから塩谷風月さんが僕をブロックするように……(枡野注/トーク当日まちがえて別のかたのお名前を挙げていました。訂正し、おわびします)

穂村 ブロックされてるんだ(笑)。

枡野 そう。たまたまツイッターで見に行ったらブロックされてて。何も悪口言ったことないのに。でも「名前に月を入れるのは室井佑月くらいの顔じゃなきゃダメ」と言ったことはあります。

穂村 室井さん綺麗だもんね。

枡野 でもそれは平等に「海猫沢めろん」も変な名前だって言ってますし。「銀色夏生だって変な名前だけど、あんなに売れたんだから負けを認めよう」って言ってるんだから、そんなにでも……。
そう、斉藤斎藤さんに思ったのは、人の名前を出したりする作品を作ってたりするのに、実在の人物の。犯罪者の名前を出すような作品。なのに自分の名前だけはペンネームかよって思うわけです。
それは、あの人もそうじゃないですか、ノンフィクション作家で凄く人気ある人、あの、深夜食堂……深夜鉄道……(※正解は『深夜特急』)。

穂村 沢木耕太郎?

枡野 そう! 沢木耕太郎さんも、あんなに他人のことは暴くくせに自分はペンネームかよって思いません?

穂村 思ったことなかったなぁ……。

枡野 それは結構自然に誰もが思うことだと思ってて、そこをネット上で知らない人と意気投合したことがあるんですけど。あんなに他人を暴いて、本人が書いてほしくないことまで本にしたりしてるくせして、自分は本名を明かしたことはないのかっていうのが……凄くあの人を信頼できないポイントなんですよ。
僕、人を信頼できなくなるポイントがたまにあって、例えば斉藤茂吉はうなぎが好きなとこで信用できない……

穂村 なぜ?

枡野 うなぎが好きだってとこに欲望のだらしなさを感じるというか……

穂村 だんだん僕は(そんな枡野浩一に)狂気を感じてるんだけど……

会場 (笑)

枡野 まぁそれは極端だなとは思うんだけど、僕の中では斉藤茂吉は「うなぎが好きな人」っていう。(枡野注/「嗜好の範疇をとうに超えた信仰ともいえる執着ぶり」と書いてあるサイトをご参照ください)

短歌なんて、どんな人だって傑作を作る可能性があるじゃん(穂村)

穂村 自分でも言ってるけどさぁ、基本、枡野さんは欲望がそう強くないから、誤魔化しや隠蔽がない態度を首尾一貫して主張できるんであって……。普通の人はもっと、恥ずかしい欲望をもってしまっているので、そこ(欲望をもたず、誤魔化しや隠蔽をしない枡野浩一)にはつきあいきれないし、責められるといつも不利みたいな感じになってしまうっていう……

枡野 なんでみんな、そんなに欲望があるんでしょう?

穂村 それは、ひとつには、日本がずっと平和だったからで、ミッションがあれば、そんなに欲望は発達しないと思うのね。

枡野 はい。

穂村 例えば、フェミニズムでもいいし、戦争でもいいのね。そういう大きなミッションが自分の中に大きなテーマとしてある場合は、「自己愛」とか「自己実現」とかは相対的に度外視される、と思う。自分にとって最大のミッションであるテーマ、「戦争」や「原爆」を書いて、その後、自殺……みたいな作家もいるわけだけど。
そういうのを聞くと凄く自分とは反対側の人間だなと、僕は思う。そういうミッションが何もなければ、残されたものは“ぼんやりとした自己愛”みたいなもので、それがどんどん大きくなっちゃうと思う、自意識や自己愛が。
それで、何もしたことがないのに、世界が自分に好都合であればいいという感覚だけが凄く発達して、1回でもダメ出しをされると物凄い衝撃で、逆上してしまうみたいな……。
そういうメンタルの人って凄く多いけど、僕は自分がそういうのの走りだなって思うところがあって……

枡野 そうなんですか?

穂村 だから、村上春樹にあんなに感激したのも、自分を傷つけない作家だったからっていう……

枡野 あの、穂村さんは、(読者投稿された)短歌を選ぶページを『ダ・ヴィンチ』でやってらっしゃるけど、決して批判的なことは書かないじゃないですか。それは僕は発明だと思っていて。
歌人の人のああいった(投稿)短歌を紹介するコラムで、(投稿された短歌に対して)「こういうふうに直したら?」とか「ここがよくない」とは絶対言わない、決してジャッジをしないっていうやり方は、本当に穂村さんが初めてだったと思っているんですね。これは、穂村さん本人で、こうしようと思ってやったんですか?

穂村 ここはこうしたほうがいいっていうダメ出し系の批評はリアルじゃないと思ってる。

枡野 それは「口語短歌」にとっては?

穂村 ひとつはそう。文語なら文語の、言葉の時制とかの問題があるから。つまり、文語っていうのはみんなの共通ツールなわけ、短歌作るための。短歌専用語なの。でも口語っていうのは、こうやって外の世界でも使ってる一般の言葉だから。ってことは、その人のものなの。口語作品は。

枡野 兼用のツールって意味での、日常と地続きだと。

穂村 だから、それを直されたときの抵抗感ってとっても強い……。文語で作った短歌を直すと、「まぁ! 私の作った短歌と思えない! 見違えるほどよくなりました!」っていう喜びなのね。だけど、口語で作ったものを同じように直すと、「俺的にはちょっと違うんすよね」ってなる。

枡野 なるほどねえ。

穂村 それは、片方が年配の作者ばかりだからじゃなくて。口語で作ったものを直されるのは、「なんか違う!」っていうね。つまり、ダイレクトな自己表現に近づくんだよね、口語短歌は。文語なんかは、一度違う国の言語をみんなで学んで、それで作るみたいなものだから。

枡野 エスペラント語みたいなものですね。

穂村 そう、まさにそう。だから、文語だとそれに寄り添って直せる。つまりは、よりエスペラント語に習熟してる者が選者だという社会的前提があるから。

枡野 はい。

穂村 でも、枡野さんは(口語短歌作品に)ダメ出しをしてしまう……

枡野 そうなんですよ。それが(僕が)人気ない理由かなとも思って。

穂村 だから同じだよね。なんていうかな、短歌なんて一瞬の一回性のものだから、どんな人だって傑作を作る可能性があるじゃん。それをすかさず拾い上げて褒めれば、ローリスク・ハイリターンだよね。作った人も。

枡野 そうですね。みんなが幸せになれる。

穂村 でも枡野浩一の世界観はそうじゃないから。「背負え!」とか「責任負え!」とか「ノーリスクハイリターンなんか嘘でしょ」みたいな。

枡野 絶えずそういうメッセージを出している……

穂村 メッセージを出してないときも波動はそうだから。

会場 (笑)

穂村 だから、(枡野さんの最新作を)「地獄みてえな本だな」ってなる。

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枡野浩一

歌人。1968年東京生まれ。小説『ショートソング』(集英社文庫)ほか著書多数。短歌代表作が高校の国語教科書(明治書院)に掲載中。阿佐ヶ谷「枡野書店」店主。最新情報はツイッター【@toiimasunomo 】で。

@toiimasunomo

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