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マンガ家・喜国雅彦さんと行った東日本大震災への初ボランティアで、私は“開眼”した【西日本豪雨ボランティア体験記・前編】

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2度目のボランティアは、2016年4月の熊本地震で

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熊本地震による落石で被害を受けた乗用車(熊本県南阿蘇村)。

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神社の鳥居や灯篭などにも被害が。阿蘇山は一部が地滑りしている(同)。

 2度目のボランティアは2016年4月に起きた熊本地震だった。その後も各地で災害があるたびに、ほいほい出かけていたシンヂさんは今回、ゴールデンウィークにボランティアに行くという。連休明けに九州で取材のあった筆者も、途中から加わらせていただくことにした。

 シンヂさんの仲間はモンベルのユーザーが多く、アウトドアのスキルが高い。だが筆者はテントや寝袋で寝ることが苦手だ。だから素直に、熊本市内にホテルを取って、移動もレンタカーを使うことにした。ボランティアだからといってあえて体をいじめる必要はないし、空室が多かった現地の宿泊業界に貢献するのも悪くない。

 だが、あいにく初日は雨天。シンヂさんに電話すると、作業はできないので、みんなそれぞれ観光に出かけているという。なんだか拍子抜けしてしまったが、こういった切り替えの早さも大切なことなのだ。レンタカーで阿蘇神社や熊本城など現状をあちこち見て回るが、震災から1年半が経過していた東松島市と違い、生々しい傷跡が随所に見られた。

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全壊した阿蘇神社の拝殿。現在、再建作業が行われている。

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熊本城の城壁や石垣なども至る所で崩壊した。

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雨でぬかるむがれきの集積所。くるぶしくらいまで埋まるところも。

 2日目は熊本県西原村で、がれきの搬出を行った。2度目というだけで、気持ちにはかなりゆとりが出る。功を焦るような気持ちはまったくなくなり、できることをやればいいという割り切りができるようになっていた。

 ここで初めて気づいたのが、水の問題だ。被災地でのボランティア活動は、肉体労働のほとんどが「掃除・片付け」といっていい。そして掃除に欠かせないものが水。当時はまだ水道が再開していない場所もあり、西原村の一部もそうだった。

 前日の雨で、がれきを集積する学校の校庭は泥沼と化していた。ここでは、汚れた服や手袋、長靴を洗う場所がどこにもない。水道が通じていない場所では事実上、ボランティア活動ができないのだということを痛感した。

 ゴールデンウィーク最終日を残し、車で来ていたシンヂさんたちは関西へ戻るため撤収。残った筆者は、初めて「ボランティアセンター」に行ってみた。本来、災害ボランティアはまずボランティアセンターに行くことが正規の手段で、シンヂさんに頼り切りだった自分が甘えていただけ。1人でボランティアに行くのは不安もあったが、前日に高速道路の割引措置の申請のためにみんなでセンターへ立ち寄ったこともあって、抵抗感は少なかった。

 ゴールデンウィーク中に多くのボランティアが駆けつけたこともあり、当日はニーズが比較的少なく、センターに届いた支援物資の仕分けなどの軽作業を手伝った。災害ボランティアは決して力の必要な作業ばかりではなく、避難所の清掃や被災者の安否確認、ニーズの調査や心のケアなど、さまざまな活動があることを知ることもできたのだった。(後編に続く)

(文/渡瀬基樹)

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