連載

必要なのは、楽しくフェミニズムの話ができる環境~キャトリン・モラン『女になる方法――ロックンロールな13歳のフェミニスト成長期』刊行に寄せて

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わたしがみんなにやってほしいのは、「わたしはフェミニスト」って言うことだ。できれば椅子の上に立って「わたしはフェミニスト!!」って叫んでほしい。でも、これはただ椅子の上に立ってやったほうがなんでもわくわくすると信じてるからすすめてるだけなんだけど。(キャトリン・モラン『女になる方法』、p. 78)

 前々回の記事、「英文学のフェミニスト批評って、何をやってるの?~『シェイクスピア劇を楽しんだ女性たち』刊行に寄せて」が思いのほか好評だったため、今回もまたまた宣伝で恐縮ですが、私がかかわった新刊書について書きたいと思います。

 6月末に青土社から、単訳書としてキャトリン・モラン作『女になる方法――ロックンロールな13歳のフェミニスト成長期』を刊行しました。これはイギリスでミリオンセラーになった本で、音楽ライターであるキャトリン・モランが自分の人生の経験を通して語るフェミニズムエッセイ集です。著者が13歳だった時から始まり、生理や仕事、恋愛、出産などのライフイベントにあわせて、面白おかしくフェミニズム的考察をしていきます。私が初めてひとりで全部訳した本なのですが、フェミニズム本を訳すにあたってどういうところに気をつけたか、どういう苦労があったかなどを書いてみたいと思います。

私がこんな面白い本を訳していいのか

 この本の翻訳の話が来た時、さてさて困ったなと思いました。私は既にいろいろなところでこの本を紹介していて、2013年には『いま、世界で読まれている105冊』(テン・ブックス)で紹介書評も書いています。翻訳の話がきた時はとても嬉しいとは思った……のですが、そもそも私がこんな本を訳していいのか、という迷いがありました。これについては訳者あとがきに詳しく書いたので、ちょっと引用してみたいと思います。

 初めてこの本の翻訳依頼を受けた時、私なんかが翻訳をしていいのだろうかと思った。なぜなら、この本は面白いからだ。
 私の仕事は学者だ。学者なんていうものは、クソ真面目でつまらない性格に決まっている。(中略)なけなしのユーモアをしぼっても、出来上がってきた翻訳がすごく寒い感じになるかもしれない。(北村紗衣「訳者あとがき」、p. 326)

 イギリスでこの本が売れたのはユーモアたっぷりの内容だからで、基本的に笑える内容です。私がいつも読んでいる難しい学術書とは大違いです。たくさんのジョークをうまく訳せるだろうか……と不安になりました。

 また、著者と私が違いすぎるのも気になりました。著者はワーキングクラスの出身で、ウルヴァーハンプトンというけっこう大きい町で育ち、ホームスクールで勉強して十代で働き始めたため、ほとんど学校に行っていません。私はイギリスの基準で言うとミドルクラスの出身で、北海道のものすごい田舎で育ったし、東大を出てロンドンの大学院で博士号をとっています。イギリスにおける階級差別は大きな問題なので、ミドルクラスの人がワーキングクラスの人を代弁するようなことになるのはイヤだなと思いました。また、モランと私は音楽の趣味とか考え方にも違うところが多々あります。

 でも、背景とか考え方が違っても、共感とか信頼を持って連帯することができるのがフェミニズムだと思い直しました。どんなに違っていても、わかりあえるところがあればシスター(姉妹)です。迷った結果、他のシスターの考えを広めるためにこの本を訳すことにしました。

ワーキングクラス出身のロンドン女性はどういうふうに話すか?

 翻訳の際に一番気をつけたのは、できるだけくだけた口調にすることでした。モランはかなり貧しいワーキングクラスの家庭出身で、バーミンガムに近いウルヴァーハンプトンで育ち、ロンドンに住んでいて、音楽ライターでフェミニストである女性です。そういう女性の話し方を日本語にする場合、どういうふうにするのがいいのでしょうか?

 とりあえず女言葉は絶対にあり得ないし、ですます体も堅苦しすぎます。一人称代名詞は平仮名の「わたし」にし、文末は「~だもん」「~だよね」などを使って、学者っぽさを排除することにしました。普段話しているような言葉を使うことを心がけた一方で、「ロンドンの女性が話すような言葉にしなければいけない」という気持ちがあったので、私が高校の頃から愛読していたヘレン・フィールディング著、亀井よし子訳『ブリジット・ジョーンズ』シリーズ(角川書店)の翻訳を参考にしました。

 この本は有名人のゴシップから中絶のようなシリアスな話題まで、いろいろなことが読みやすい英語で書かれています。しかし、この「読みやすさ」は日本語にするとわからなくなるだろうな……と思いました。文章の読みやすさというのは、書いた人と読者の間で前提として共有されている背景知識の量に大きく左右されます。

 たとえば、日本語の文章で「ダウンタウン」という言葉が出てきたら繁華街ではなくお笑いコンビを指していることも多く、「ジョージア」だとアメリカの地名やコーカサスの国名ではなく缶コーヒーを指すことが多いというのは、日本に長く住んでいる人ならすぐわかると思います。でも日本に住んだことがない人にはチンプンカンプンです。こういう固有名詞の知識が読みやすさ・読みづらさを分けます。

 キャトリン・モランの文章は、文法や語彙はそんなに難しいわけではないのですが、イギリス人ならよくテレビで見かけるような芸能人についてのゴシップや音楽、映画などのネタがたっぷり詰まっています。それもそのはず、著者がプロローグで宣言しているように、この本は学者や社会運動家が行う議論ではあまり出てこないような軽めの話題、つまりファッションとか芸能スキャンダルみたいなものを取り上げて、そういう細かいところから実はイギリス女性の生活に大きな影響を及ぼしている性差別が見えてくるんだ、というスタンスで書かれているのです。このため、イギリスに住む人ならすぐわかりますが、他の地域の人だと全然わからないようなネタがたくさん出てきます。見たことも聞いたこともないような昔のテレビ番組とかがずいぶん出てきて、調べるのに時間がかかりました。こうしたところはできるだけ脚注で対応するようにしました。

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北村紗衣

北海道士別市出身。東京大学で学士号・修士号取得後、キングズ・カレッジ・ロンドンでPhDを取得。武蔵大学人文学部英語英米文化学科専任講師。専門はシェイクスピア・舞台芸術史・フェミニスト批評。

twitter:@Cristoforou

ブログ:Commentarius Saevus

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女になる方法 ―ロックンロールな13歳のフェミニスト成長記―