夏が来れば思い出す、子どもにもあやしく思えた「カルト村」での夏合宿

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 さて、合宿に話を戻しましょう。ヤマギシ会では〈無所有〉の概念を子どもにも適用し、〈子どもも誰のものでもない〉と考えます。そして〈子どもを親元から離して群れに放つ〉という理念を一般家庭の子どもへも向けた、学育イベントとしての夏の合宿が「子ども楽園村」。申し込み時の説明会に参加した母は、後にこんな感想を漏らしていました。

 ノジル母「そういわれてみれば。説明会の時にいた村の人たちって、なんていうか……今までどこでも会ったことがないようなタイプの人たちだったのよねえ」

 違和感があったら疑えよ~。気軽に子どもを送り込むなよ~。なんて大人になった今は思うものの、軽いノリで親に参加させられた子どもたちも多かったのではないでしょうか。ヤマギシ村の夏合宿体験談はネット上にあふれていますし、正確な人数はわかりませんが私が参加した年も、結構な数の子どもたちがいたような記憶がありますから。

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 昭和某年8月、いよいよヤマギシ村合宿の始まりです。三重県の会場には、日本各地からやってきた子どもたち。これをいくつかの班に振り分けて共同生活をするのですが、なぜか一緒に参加した幼馴染とは別の班へ。夏のレジャー気分だったのに、一気に意気消沈です。世俗から切り離す、という意図なのでしょうかねえ。私とは頭の出来が違う(記憶力がハンパない)、幼馴染Mちゃんは当時をこう語っています。

幼馴染「合宿の初めに、村のルールを説明されるんだよね。とにかくここの皆は仲間、家族みたいなもの! 仲良く助け合おう! 協力し合おう! 年長者は下をかばい、下は上の言うことを聞く……みたいな。集まった皆は兄弟で、ヤマギシのお兄さんお姉さんはお父さんお母さんだって言われた。それはもちろん子どもに分かりやすく村の考えを説明するための言葉で、この1週間はそうやって過ごすのがルールなんだなって分かっていても、言葉にされると妙な気持ち悪さがあったなあ」

子どもには過酷すぎた農作業体験

幼馴染でも、割り切ってしまう方が楽なんだよね。はじめは違和感があっても子どもは単純だから、聞いているうちに『そっか! この中にはいい人しかいなくて、誰にでも話しかけていいんだ! 手を繋いでもいいんだ!』と思わされてしまった(笑)。でも、中にはちょっと敏感で怖がる子も。それを見ても、逆に『あれ? この子おかしいのかな?』なんて思っちゃったり」

 このルール説明の話、実は私は1ミリも記憶にありません。ダメ過ぎるだろう、自分。

 合宿生活が始まると、朝は家畜の世話という軽作業にかりだされます。私の班は、ニワトリ小屋での作業。そこで遭遇したのは、動物の扱いに慣れていないちょろい子どもをナメきって、とび蹴りを繰り出してくるニワトリの恐ろしさ……! 生まれてはじめて受けるニワトリの洗礼に、毎朝ぎゃーぎゃー大騒ぎしていました。その傍ら、幼馴染の班では〈豚・牛〉というさらに大物があてがわれていたのです。

幼馴染豚小屋牛小屋は、熱気と臭さで頭がボーっとしちゃうんだよね。小屋の端の方で、丸々と太った黒ブタが、柵の中で身動きとれない状態になってたの。その豚の背中に巨大なフォークみたいなので刺された傷あとが点々と。うっすら生えた短い毛の間から血がも浸み出してて……あまりの気持ち悪さと暑さで、外に出て吐いてしまった。別の日に見学させられた牛の出産も、子ども目線では虐待されているみたいに見えちゃって。そのうえかなり時間がかかったから、とにかく暑くて暑くて。熱中症でクラクラして、最後は意識がなくなるくらいの状況だったなあ。ノジルと引き離されちゃうしあまりに非日常の世界で、コレって怪しい? 誘拐される? とかまで考えちゃって本当に怖かった……。夏休みが終わって新学期が始まっても、その後何年も、くり返し夢にみたくらい」

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