夏が来れば思い出す、子どもにもあやしく思えた「カルト村」での夏合宿

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 幼馴染は頭がいいぶん繊細なので、ヤマギシがよかれと思って用意した〈自然体験〉がバッチリトラウマになってしまったそう。その他にも多分いろいろなイベントがあったのでしょうが、残念ながら記憶はなし。後に問題視された、ヤマギシ村の「子どもも1日2食生活(朝食抜き)」はこの合宿には適用されていなかったような気がします。

 不満を覚えながらも1日2日……と過ごすうちに、班の中に気の合う子も見つかり、それなりに楽しく過ごせるようになっていきます。そんな中、次第に子どもたちの間で、自分たちの生活とはかけはなれたヤマギシ村の姿がウワサされるように。「ここにいるお兄さんお姉さんって、自分の部屋とか持ち物って全然ないんだって~」とか(前出の無所有ってヤツですね)。楽しくなってはきたけど、「ここはやっぱり特殊な場所なんだな」という確信は高まるばかり。幼馴染が仕入れてきた情報によると、毎年参加しているという子どももいたようで、そういった子たちは後に〈参画(村に入ることをこう言う)〉したかもしれませんね。その理由が〈村の生活が肌にあった〉ならいいのですが、いじめや虐待から逃げてきたり、親に強制されたなどの理由ではないことを祈るばかりです。

 ほかには、やたらテーマソング的な歌(「ビューティフルサンデー」の替え歌だった)を歌わせられたり、夜中の共同トイレが暗くて怖かったりといろいろありましたが、謎合宿のクライマックスはキャンプファイヤーです。月夜の下でたき火を囲み、古いフォークソングにあわせて歌って踊る集団。振付のステップによって土埃が大気中に大量に舞い、月の光に照らされ幻想的に映ります。どことなく、原始の世界っぽい光景。それを子ども心にも「コレ、ハマったらヤバいやつじゃあ」と、薄気味悪く感じたことははっきり覚えています。

夏の楽しい体験、に御用心!

 そして大人になり、ヤマギシ会の詳細を知るにつれ、「おいおいおい」という気持ちが高まり続け、ますます〈夏の思い出=ヤマギシ村合宿〉という構図が私の脳内に固定化されてしまったのでした。『カルト村~』が話題になったときは、あの合宿の延長上にこんな奇妙な暮らしがあるんだなあとちょっと感慨深かったりも(あのコミックエッセイはそれ以上に、子どもが親の愛や甘みに飢える描写が衝撃的に悲しかったですが)。

 体当たり潜入取材などで報告されるカルト教団の洗脳セミナーや合宿などと比べると、うす~い体験かもしれませんが、何も知らない子どもたちがうっかり足をつっこみかける罠であることは、声を大にして言う価値があるかなと。子どもをトンデモ洗脳する罠は教育現場に入り込むおかしな講座(誕生学とかEM菌とか)が最悪ですが、ほかにも「夏の楽しい体験」を装った、トンデモはたくさんあるんじゃないでしょうかね?

 ちなみにヤマギシ村合宿を通じて私が得たものは、夏場の家畜臭によるダメージを極力減らさんと無意識に身につけた「鼻から空気を吸い込まず、口だけで息をする」という技術(ダイビングでも必須らしい)。大人になった今も、混んだ電車でエレベータでと幅広く役立っているので、それなりに〈一生ものの財産!〉と言っていいでしょう。でもやっぱり、夏のキラキラした思い出が欲しいですけどねー。子ども時代の夏の思い出がヤマギシ村合宿ってどうなのよ。

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