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障害のある兄を椎名桔平、兄に苛立つ弟を藤原竜也が演じる『レインマン』のリアリティ

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 一方で、障害者であっても高い知能もあるのだから、丸め込んで遺産を譲渡させられると思っている無知さと自分勝手さを隠さず、時にはレイモンドに乱暴な発言も。

 しかし粗暴さだけでなく、自分には触らせてくれなかったクラシックカーをレイモンドには運転させていたことや、なにより財産の大半を譲ることで、父親の愛情が自分にはなかったと再確認しているような悲しみも、ふとしたときのたたずまいで感じさせたのは、藤原の存在感ならでは。

 レイモンドを演じる椎名は、06年と07年に上演された別バージョンの本作で、チャーリー役を演じています。藤原のいらだちがリアルなのは、椎名の演技のリアルさありき。実際の自閉症患者の言動の症状は多種多様ですが、歩き方は正直、過剰だったものの、チャーリーからの質問に対するレイモンドの返事の大半の「わからない」というセリフの間(ま)は、自閉症患者との会話のタイミングそのものでした。この、口がきけるというだけの意思疎通のできなさは、本当に疲れるものなのです。

兄を想う弟の決断

 旅の当初は、自分で生活のできないレイモンドの面倒をチャーリーがみていたはずでしたが、ともに過ごすうちに彼は、求めていなかったはずの家族の情を兄に見出し、レイモンドの存在を必要としていきます。しかし結果的には兄を施設に戻すことに同意し、別離を受け入れます。

 現実的なこの結末のなかに、もう弟と会えないことをきっと分かっていないのにサヨナラの行動をとったようにみえるレイモンドを描いたことは、笑顔で別れを告げているのに泣いているように見える藤原の表情とともに、起こりうると信じたい奇跡。時々、そんな知能はないはずなのに、そういう行動をみせてくれるときが、知的障害者には実際あるんです。

 現代日本では、障害者も地域で共生という流れに動いています。しかし、家族が自分を犠牲にして介護することが最良というわけではなく、地域に根付いた施設で生活することも、双方のより幸せな生き方のひとつです。

 チャーリーが兄を手放す決意をしたのは、兄の幸せを願えばこそ。劇中に明示はされませんが、父親が弟に残したのが毎週兄に運転をさせていた車だったのは、兄の存在を知ってほしい気持ちと、障害のある兄の面倒をみる負担をかけさせないための、相反する両方の気持ちがあったからではないでしょうか。チャーリーに見えていなかったけれど、複雑な形の家族の愛が確かにあった。行間からそんな想像をさせる作品は、間違いなく名作であるといえるのです。

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