NY:ネイルサロンでアジア系従業員と黒人女性客が大乱闘~悲しい歴史

文=堂本かおる
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黒人とアジア系、それぞれの歴史と思い

 アフリカン・アメリカンとアジア系移民の間で、なぜこうした事件が繰り返し起こるのか。どちらもマイノリティでありながら、しかし異なる歴史と社会的ポジションを持つことが理由だ。

 アジアからの移民はより良い生活を求めてアメリカに渡る。祖国で高等教育を受けている者も含め、言葉の壁があり、大手企業勤務などは難しい。そこで自営業を始めるが資金が潤沢でないこともあり、貧しい黒人地区で小さな商店を営むことが多い。家族総出の長時間営業により利益を上げ、アメリカ生まれ、もしくは幼い時期に連れて来た子供たちを大学に進ませる。

 こうして子供たちはアメリカ中央社会での成功も視界に入るが、親はひたすらに働き続ける。低所得の黒人地区での営業はあくまで生活のためであり、文化の違いや治安の悪さにフラストレーションを溜める。店舗での客との会話は簡単なセリフの繰り返しであるため、英語は上達しにくい。今回の事件でネイルサロンのオーナー、中国系ネイルサロン協会の会長がメディアにインタビューされていたが、ともに英語は流暢でなく、とくにオーナーは「たどたどしい」とも言えるレベルだった。

 黒人たちは自分たちの生活がなかなか向上しない中、「後からやってきた移民」のアジア人が経済的、社会的に自分たちを超えていく様に苛立ちを感じる。アジア人が客に対して「笑わない」「愛想がない」、さらに「英語がヘタで何を言っているのか分からない」ことにもイライラを募らせる。

 今回の乱闘はわずか5ドルが原因ではあるが、それはおそらくきっかけに過ぎず、以前からの積りに積もったお互いへのフラストレーションが根本にあるように思える。

 黒人とアジア系移民のまったく噛み合わない摩擦を描いているのが、スパイク・リー監督による映画『ドゥ・ザ・ライト・シング』(1989)だ。今回のネイルサロン事件と同じブルックリンを舞台に黒人、白人、ヒスパニック、アジア系の四つ巴の人種問題を鋭く、かつ痛々しく描写している。以下、ネタバレではあるが、黒人青年が韓国系の雑貨屋に電池を買いに行くシーンがある。大柄かつ大声で怒鳴る黒人青年を韓国人夫婦はおそれる。黒人青年は簡単な商品名も聞き取れない韓国人夫婦の英語力に苛立つ。だが、商店主は黒人地区で商売をして稼がねばならない。黒人青年は他に行く店がなく、韓国人の店で買い物せざるを得ない。双方が選択の余地なく無理を重ねており、友好的な関係は築きようもない。

 筆者は1984年のハーレムでの韓国人商店ボイコットの当事者である韓国人商店主の女性に話を聞いたことがある。その女性いわく、当時のハーレムは治安が悪く、何度も強盗に押入られたとのこと。それでも商売は続けねばならないが、客に対する警戒心、猜疑心は当然、強まったことだろう。一方で女性はアジア系の店員が客に対してフレンドリーではなかったことは認めた。黒人住人との話し合いの場で、英語が達者でないことも接客がスムーズにおこなえない理由であると説明し、理解を得る努力をしたと言う。住人側から意見された「地元民を雇わない」「地元貢献をしない」については改善の約束をした。

 こうして話し合いを重ねたにもかかわらず、やがて多くの韓国系商店がハーレムを後にしたが、その女性は黒人従業員を雇い、地元に寄付をするなど約束を守り、今ではハーレムでレストラン・チェーンを持つほどの成功を収めている。

歴史に翻弄される二者

 ハーレムから韓国系の八百屋と魚屋は撤退したが、韓国系のドライクリーニング店は生き残った。のちには韓国系による黒人女性向けヘアケア製品の専門店、アジア系のネイルサロンが開き始め、店舗はどんどん増えた。どの店も地元に馴染む努力を重ね、現在に至っている。今回のネイルサロンの経営者にしても、ある常連客の黒人女性はテレビ・ニュースにインタビューされた際、「ずっとこのサロンに通っているけど、彼はいい人よ」と語っている。

 低所得地区ではネイルサロンも料金を低く抑えねばならず、今回も眉のワックス脱毛代の5ドルで揉めたことが発端だ。クレームをつける客とのさらなるトラブルを防ぐためにペディキュア代もサービスしてしまえばよかったのかもしれないが、細かい料金を積み上げて経営しているだけにそこは譲れなかったのではないだろうか。または、「クレームをつけたら全て無料になる」という噂が広まるのを避けたかったのかもしれない。中国系ネイルサロン協会の男性は、料金を払わない客が時々いると語っている。そもそも移民には他国から移住し、アメリカ人ならしなくてよい苦労をしながら懸命に働いているという自負もあり、労働への正当な対価を求める気持ち、さらにはアメリカ人に足元を見られたくないという思いもある。

 一方、アフリカン・アメリカン側には400年もの昔に奴隷としてアフリカから強制連行されて以来、社会的にも、経済的にも苦しい立場に置かれ続け、敬意を払われることがなかったという歴史的な経緯がある。料金を払う側(客)となった今も、やはり今回のような扱いをされてしまうのか、という忸怩たる思い。今の自分たちには購買力があり、黒人地区の店舗は黒人消費者が支払う料金によって経済が回っているというプライドもある。ネイルサロン前で抗議運動する黒人女性が『ブラック$$$マター(黒人のお金も重要だ)』と書かれたプラカードを掲げた理由だ。そもそも理由はどうあれ、ネイルサロン従業員の暴力の度が過ぎていたことは確かだ。

 前述の映画『ドゥ・ザ・ライト・シング』では、韓国人の店で怒鳴りながら電池を買った黒人青年は、映画の後半に韓国人ではなく、白人の警官に殺されてしまう。なんとも皮肉な末路だ。筆者は今回の事件を報道するブルックリンのローカル・ニュース番組を観たが、白人女性キャスターが、笑いながら「とってもクレイジーですね」と乱闘のビデオ映像を紹介していた。

 すべての白人が差別主義者ではない。だが、マジョリティの中にはマイノリティを一律に見下す人間がいることも事実だ。そうした人間にとっては黒人だろうがアジア系だろうが等しく、単にマイノリティであり、それ以下でも以上でもない。そう考えると、奴隷の末裔である黒人と、アジアからの経済移民の摩擦はアメリカの歴史の綾ではあるが、とてつもなく悲しいと言わざるを得ない。
(堂本かおる)

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