愚かな少女信仰者に空虚な現実を見せつけた痛快作『ブリングリング』

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 しかしまあ、劇中に出てくるパリス・ヒルトンの豪邸は、本物のパリスの家を使って撮影されてるそうで、映画が頑張って語ろうとしている現代の若者のスカスカ感を、この家ひとつで完全に物語ってくれてるから、ある意味すごい(それがわかってて撮影に協力したパリス本人は、もしかしたらものすごく頭がきれる人なのかもしれないけど、多分ただのバカ)。

 ゴージャスなリビングにクラブルーム、ところ狭しと並べられた洋服、バッグ、ハイヒール。これじゃあ十個二十個盗まれたって確かに気付かないわなと妙に納得。極めつきは、自分の顔がプリントされたクッション、壁一面に飾られた自分のカバー写真。ここまでいくと完全に悪趣味。

 しかし、映画の中で、女の子たちも、仲間同士とつるんでる間中、やたらとスマホで自撮りを繰り返す。そんなに自分のキメ顔写真を集めて、一体何が楽しいんだろうと疑問だったのだが、このパリスのクッションを見て、セレブと、セレブに憧れる一般人に共通する何かがちょっとだけわかった気がした。

 多分彼女たちは、とにかく「ちやほやされる」ということを最終目的にしていて、より他人にちやほやされる自分ってすごい、そんな自分はすごいから大好き、の最終形が、具体的には何をしてるかわからないけど、とりあえずちやほやされることが仕事な「セレブ」たちで、一般人の自分大好き度を示すものは“自撮り”だけれど、パリスレベルになると“クッション”なんだと。これは日本でアイドルになりたいと夢見る女の子たちも、同じ感覚じゃないかと(言うまでもなく、ちやほやする方がバカなんだけど)。

 映画は後半、窃盗がバレて犯人の少女たちは警察に捕まる。が、彼女たちは反省する気がないのはもちろん、それがTVやネットで話題になったことで、やっと自分自身が、パパラッチの対象になるホンモノの「セレブ」になれたことを喜んでいるようにすら見える。だから、これは彼女たちにとって、ハッピーエンドなんだと思う。犯罪者になっても人気者になりたい、という、彼女たちの素直過ぎる欲望に、意味を求める方がバカってとこだろう。

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