信用できるサイトが少ない!
荻上 不足しているインフォメーションの部分はどうやって充実させていくとよいと思いますか?
森戸 アメリカ小児科学会には、母乳のあげ方や哺乳瓶はどのくらい洗ったらいいかを教えてくれるサイトがあります。WHOにも、ありがちな疑問に対して専門家がわかりやすく教えてくれるページがあるんですが……日本にはないですよね。
荻上 「こうあらねばならない」といった形で、パーフェクトなものを求める育児書ではなくて、最低限の情報を世の中に共有するような、まとめサイト・まとめ本は重要だと思います。
森戸 昔の育児書って「母親は子どもが風邪を引かないよう寒い思いをさせてはいけない」みたいな、母親に向かって説教する記述があるんですよね。あるいは「母乳最高! ミルクしかあげないのは残念」みたいな、医師の価値観が書かれてたりする。押し付けです。
荻上 育児べき論がいまだに強固にあって、医学的な知識がいっこうにアップデートされない状況にあるわけですよね。最近は、テレビやラジオでも、時期に応じて、熱中症とかワクチンの摂取を促すような放送がありますけど、もっと身近な、発熱や嘔吐、吐き気、痙攣みたいなものは取り上げられない。Eテレの「すくすく子育て」はそういう日常の育児に寄り添った情報発信をしてくれてますけど。
森戸 検索できたらいいと思うんですけどね、オンデマンドで。NHKのものすごい財産ですよね。
荻上 Eテレに関しては、YouTubeに勝手にアップされて50万再生とかされているんですから、ネットに対応したら儲けられますよって前から言っているんですけどね。出版社はよりよい医療の本を作るべきだし、ネットは検索したときに、WELQみたいな不適切な情報がトップに来ないように、学会や公的な組織がエビデンスに基づいたサイトを作るのが必要不可欠だと思うんですよね。
森戸 そうなんですよね。しっかりしたサイトが欲しいのにないんですよ。いまスマホ育児がすごく叩かれているんです。お母さんたちは授乳中に子供の目しか見ちゃいけないって言われてるんですけど、そんなの無理だし、人によっては日に10回以上授乳しているのにスマホを見ちゃいけないって酷いと思うんです。
荻上 YouTubeを見ていたっていいですよね。
森戸 いいと思います。それにスマホで、授乳のあとにミルクをどのくらい飲ませたらいいんだろうとか調べているかもしれないじゃないですか。問題はちゃんとしたサイトがないことなんですよね。日本小児科医会は「スマホに育児をさせないで」って文書を出しちゃってますし。
荻上 スマホ依存の問題はあるのかもしれませんけど、使い方にもよりますし、新聞ならよくてスマホは駄目な根拠ってないですよね。ニューメディアだからひとまず叩かれているだけなんだと思います。
森戸 低年齢の子と一緒にタブレットで動画を見て、暴力的なシーンに「これはやっちゃいけないことだよね」って指導すると、子どもの価値観がよい方向に変わるってデータもあるんです。スマホを使うか使わないかじゃなくて、どう使うのかが問題なんですよ。「スマホに育児をさせないで」って権威のある団体に言われたら、スマホは駄目って思っちゃいますよね。
誰・どこが医療情報を提供する?
森戸 育児していると欲しくもない情報を押し付けられちゃうお母さんはかなりいます。若いお母さんには何を言ってもいいと思っている人もいるみたいで、子どもに靴下を履かせていたら「こんなに暑いのに!」って言われて、脱がしていれば「寒いでしょ!」って言われる。子どもを連れてたら「母乳なの?」って聞かれたりもするんですよね。なんであなたにそんな事を言われなくちゃいけないのって。こういうのは女性の方が多いですよね。
荻上 女性の場合、ひとりで歩いているとぶつかられたり、いろいろな被害が出がちだと思うんですけど、成人男性の場合、そういうことってほとんどないですよね。ただ子どもを連れていると急にそのバリアが切れるんですよね。
森戸 男性がベビーカーを連れていると「とてもいい人」補正がかかるみたいな?
荻上 「どこ行くの?」とか「今が一番かわいいときよね~」とか言われるんですよね。一番かわいいときをお前が決めるなって腹立つんですけど(笑)。母親の場合、そういうバリアがずけずけと破られて、なんかアドバイスされたりする。
森戸 街中に姑がいるみたいな感じになっちゃうんですよ。
荻上 それもいらない情報ですよね。しかもそれが間違った情報かもしれない。だから親だけでなく、世の中への情報提供が必要なんだと思います。ここ10~20年くらいで、食品アレルギーは偏食じゃないし、無理やり食べさせるものじゃないって浸透してきました。そんなふうに周囲の状況を変えるのは、医療の言論やメディアの重要な役割です。
森戸 ツイッターやブログなどで発信する医者は増えたと思います。困った人がメディアに出ていて、それを両論併記みたいに扱われることもあるんですけどね。専門家でもない、人を殺しかねない間違った知識で本を書いている人だっています。
荻上 より適切な情報を届けることで、より豊かな知識が共有される社会を作ろうというインセンティブを持つ人が少ない状況なんですよね。医療費を抑制したいのであれば、健康増進法などで健康を義務付けるんじゃなくて、適切な健康情報を届けたほうが効果があるかもしれない。
森戸 今は親御さんたちが自発的にやっている「小児医療を守る会」があります。あと小児科学会が監修している「こどもの救急」ってアプリもあるんですけど、全然周知されていないんですよね。
荻上 ラストワンマイルをきちんとやっているかどうか。母子手帳にそういう情報を載せるといいと思うんですが。
森戸 母子手帳はけっこう大切なことが書いてあるんですけど、みんな読んでないんですよね。ただ、母子手帳ってすごく読みづらいんですよ。どういう情報をどういう順番で載せなくちゃいけないのか、法律で決まっていて。
荻上 そうなんですね。
森戸 予防接種も、定期予防接種のあとに任意予防接種を載せないといけないことになっているんです。でも、他の国の母子手帳をみたら、受ける順番に載っていたんですよね。そっちのほうが受け忘れもないし、医師も確認しやすいじゃないですか。母子手帳の記載順さえ変えれば、お金をかけずに接種率があがるはずです。
荻上 それはChange.orgみたいなオンラインの署名サイトで「母子手帳を編集してください。法改正が必要です」って政治に訴えていきましょう。そういうところから改善していくことで、ラストワンマイルを埋めるのは大事だと思います。
森戸 ちなみに荻上さんは、どこが医療情報を提供するサイトを作るべきだと思いますか?
荻上 税金が絡んでくる場合は厚生労働省や省庁、政府でしょうか。医療費という形で還元されるので、学会がサイトを作るのも悪くないと思いますが……政治との関わり方でいうと学会と政府はある程度距離をとったほうがいいでしょうね。仮に薬害が起きたときに、しっかり情報提供されるかどうか、という問題が出てきますから。やはり有志団体や医療団体がするのがいいと思います。
森戸 製薬会社は、治療薬を作るために病気のことをきちんと知らないといけないので、情報をたくさん持っているんですね。でも、もし製薬会社がサイトを作ったら「自分のところの薬を売ろうとしているんだろう」って言われちゃうと思うんです。私も喘息のお子さんがいる親御さんに「喘息のことは喘息の薬を作っている会社のサイトがわかりやすいですよ」ってアドバイスしたら「先生、いくらもらってるの?」って不信感を抱かせてしまいそうで、言いにくいんです。やはり厚生労働省が作ってくれるのが一番ですかね。
ただ……宋美玄先生たちが内閣府で「妊娠出産育児の切れ目ない支援」ってサイトをつくったんですけど、今見るとリンクが切れちゃっているものがあります。政府がやると、一番安くやってくれるところが、簡単に作るだけになってしまう。インセンティブのあるところじゃないと、続けられないし、見やすいサイトになりにくいのかもしれませんね。
荻上 製薬会社であれば、サイトをつくることで自社の信頼感をあげたり、ブランディングになったりするインセンティブがあるでしょうし、やったほうがいいと思います。ただいまお話してきたように、インセンティブがあるからこそ怪しまれてしまうリスクもある。学会とか医療関係者とか、もちろん政府とか、いろいろな立場で、しっかりしたサイトを作っていくのが大事なんでしょうね。
(構成/カネコアキラ)
後編:育児も性差別もメディア問題もすべては地続き。価値ある情報をみんなで増やしていく/荻上チキ×森戸やすみ
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