社会

2歳男児発見の“スーパーボランティア”に賞賛も…ボランティアの在り方とは?

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 ボランティアの在り方については、しばしば議論を呼ぶ。最近では、2020年に開かれる「東京オリンピック・パラリンピック」のボランティア募集要項案が、「1日8時間勤務で計10日以上の活動」という、無償で行うにしてはあまりにハードルの高い条件だと明らかになり、衝撃を与えた。

 そこには、通訳や取材活動から、急病人の手当て、ドーピングの検査など、専門化レベルの知識や経験を要するものも含まれており、その労働にいっさいの対価は支払われない。高度な労働力でさえタダで使ってやろうというあまりのムシの良さに、「これってボランティアの範疇を超えてない?」「まさに労働力の搾取とはこのこと」と、厳しい指摘が相次いでいる。

 一般的なイメージとしては、ボランティア=社会の利益のために無償で働くことを指すだろう。しかし、じつはボランティアの明確な定義は難しいとされており、必ずしも無償を意味するわけではない。

 世のため人のために献身的に行動する姿勢はもちろんすばらしい。しかし、ボランティアの無償性ばかりが拡大解釈され、不当な搾取がまかり通るケースがあることも事実。東京オリンピック・パラリンピックの例はその最たるもので、政府が主導しているというのだから手に負えない。

 もともとボランティアの語源の「ボランタス(voluntas)」は、ラテン語で「自由意志」という意味だ。ボランティアは義務や仕事ではないのだから、もちろん参加したくなければ参加しなければいい。ただ、善意へのタダ乗りが横行するのは見ていて気持ちのいいものではない。まして、オリンピックのような一大事業でそれを求めるのは、筋違いだろう。労働や功績にはそれなりの対価が支払われるのが健全ではないか。

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