権力に切り込む韓国映画、権力を取り込む日本映画/西森路代×ハン・トンヒョン

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韓国だけでなく、日本でも大ヒットした『タクシー運転手』は、1980年に韓国で起きた「光州事件」を取り扱った映画。一時期低迷していた韓国映画ですが、近年は新たな盛り上がりを見せ、日本でも多くの作品が上映されています。ライターの西森路代さんは、ここ数年の韓国映画は「悪」の描き方に変化があると感じているそうです。また韓国映画を「羨ましい」ともお話になっていました。西森さんの提案を受け、社会学者のハン・トンヒョンさんと、近年の日本・韓国映画を参照しながら、日韓両国の政治や歴史、社会について語り合う対談を実施。前編では、韓国での「悪」の描かれ方の変化と、日本での「悪」の描き方、そして韓国が辿ってきた歴史などについてお話いただいています(全2回)。

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西森路代
1972年、愛媛県生まれのライター。大学卒業後は地元テレビ局に勤め、30 歳で上京。東京では派遣社員や編集プロダクション勤務、ラジオディレクターなどを経てフリーランスに。香港、台湾、韓国、日本のエンターテインメントについて執筆している。数々のドラマ評などを執筆していた実績から、2016 年から4 年間、ギャラクシー賞の委員を務めた。著書に『K-POP がアジアを制覇する』(原書房)、共著に『女子会2.0』(NHK 出版)など。Twitter:@mijiyooon

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ハン・トンヒョン
1968年、東京生まれ。日本映画大学准教授(社会学)。専門はネイションとエスニシティ、マイノリティ・マジョリティの関係やアイデンティティ、差別の問題など。主なフィールドは在日コリアンを中心とした日本の多文化状況。著書に『チマ・チョゴリ制服の民族誌(エスノグラフィ)』(双風舎,2006)、『ジェンダーとセクシュアリティで見る東アジア』(共著,勁草書房,2017)、『平成史【完全版】』(共著,河出書房新社,2019)など。Twitter:@h_hyonee

現代の韓国映画の作家性とは

西森 去年は、パク・チャヌク監督の『お嬢さん』(陶酔させ、誰も不快にしない「正しさ」の洗練――映画『お嬢さん』西森路代×ハン・トンヒョン)を主軸に対談をしましたが、今年は『タクシー運転手 約束は海を越えて』をはじめとして、たくさんの韓国映画が来て話題になっていますので、どれか一作というのではなく、いろいろな話をしたいと思っています。

『タクシー運転手』のチャン・フン監督は、キム・ギドク監督の助監督をしていたんですよね。ちょっとギドクとも違う作風だと思いますが。最近の韓国映画の作家性をどう思いますか?

ハン 韓国映画で、作家性で見るというか、監督を追うかたちで見ているのは、ベタだけどパク・チャヌクとポン・ジュノ、あとぜんぜん違うところでホン・サンスくらいかな。別にウォッチャーってわけじゃないし、まあ単に好きな監督ってことになってしまった(笑)。

西森 パク・チャヌクやポン・ジュノって、今活躍している監督よりも一世代も二世代も上で、ずっと第一線でやっている人ですよね。チャン・フン監督は、韓国映画が盛り返した2010年代あたりに出てきた人。初めて知ったのは、ソ・ジソブとカン・ジファンが主演の『映画は映画だ』(2008年)でした。韓国映画が韓流スターの人気だけに頼っていた時期は、韓国映画が低迷していた時期と重なっています。その後、ファン・ジョンミン、イ・ジョンジェなどの、ドラマにも出ていたけれど、でもなんか韓流スターとも言いがたい……という人が映画スターとして地位を確立しだしたときから韓国映画も復活したんですよね。もちろん『新しき世界』(2013年)のことなんですけども。そこからまた5年になろうとしていますが、最近ヒットする映画ってあの頃ともまた違ってきましたよね。

ハン 誰が作っても同じ、と言うと語弊があるかもしれないけど、監督より企画が大事になっているような気がします。ハリウッドみたい?

西森 企画がよくて、上手い人が監督をするといい映画になる印象ですね。

ハン 『トガニ 幼き瞳の告発』(2011年)のファン・ドンヒョク監督とか?

西森 ファン・ドンヒョクは社会派の『トガニ』のあとに、アジア中でリメイク作品ができるくらいの普遍的な枠組みを作った『怪しい彼女』(2014年)、時代劇の『天命の城』(2017年)と、器用にいろいろな分野の映画を撮っていますよね。

ハン 『怪しい彼女』も、ベースに高齢化問題といった社会性はありますよね。『天命の城』も、結果的にそうなったのかもしれないけど、とくに公開された頃の中韓関係に重ねて問いかけるような内容になっている。ジャンルはまったく違うし描き方も違うけど、それぞれ、そのときどきの問題を扱っているように思います。そこがファン・ドンヒョクの作家性なのかも。

西森 確かに。最近の監督の中では作家性がある人かもしれないですね。ファン・ドンヒョクの作家性は、一作一作の雰囲気が似ているとか映像に特徴があるというのではなく、取り上げるテーマについて、とことん考え抜いて、構造を見出しているというところだと思います。だから、何を撮っても面白いし、さっき器用とは言ったけど、単に器用なだけとも思えない。

悪を悪として描かない映画はヒットしなくなった

西森 あと韓国の、ものすごく大きな規模の企画を、新人で見どころのある30代くらいの監督が撮る感じは、日本ではないことだと思います。もちろん社会的な視線がないと作れないと思いますが。

ハン なるほど。

西森 そのあたりの意識は日本よりも強いと思います。

ハン 日本に来ている作品を見る限りはそうですよね。ところで2016年の『アシュラ』(※1)は、日本では人気があったけど韓国では振るいませんでした。韓国では、ヤクザに社会の悪や暴力性を託して描く時代は終わっているのかも。たぶん、「本物の悪」を直接描けるようになったからじゃないかな。

(※1 参考「圧倒的な悪に触れたとき、人は正義感を保つことができるのか。「正義vs悪」の構図を描かない珍しい韓国映画『アシュラ』」)

西森 今日はそこを一番話したかったんですよ。今年の5月に白石和彌監督の『孤狼の血』が公開されたじゃないですか。あの映画は、1980年代後半の広島を舞台にしたヤクザ映画で、腐敗した警察組織を描いています。ネタバレになっちゃうから詳しくは話せないんだけど、『孤狼の血』を見ていて改めて、日本って組織が腐敗していること自体は描けても、『タクシー運転手』や『1987、ある闘いの真実』(以下、『1987』)みたいに、過去にあった出来事や政権の批判は描けないんだなって思ったんです。

ハン でも、『孤狼の血』はそもそも政権を批判するような映画じゃないんでしょ?

西森 まあそうなんですけど……日本の映画って「個人vs個人」とか「どっちもどっちだよね」ってところで落ち着かせることがほとんどだと思うんですね。『孤狼の血』に限らず。腐敗した権力を変えることは出来なくても、権力側をうまく取り込もうとしたり、あるいは権力側がうまく悪を取り込んでコントロールしたり。『検察側の罪人』にもそういうところがありました。

ハン 韓国映画でいうと『悪いやつら』(2012年)とか『新しき世界』みたいな話だよね。ああいう話はもう韓国じゃ人気がない。

西森 韓国は悪をはっきりと悪として描くようになっていますよね。『検察側の悪人』は、キムタク版の『新しき世界』かも。まあ、主人公がどういう風に正義とか罪について考えているかはまったく別ですけども。『検察側の罪人』は、実は悪は何かってことは最後にはわかるからこそ、モヤモヤするし、それではいけないといという不条理を感じるのですが、でもあれをどっちもどっちととる記事もありました。

ハン 『ザ・キング』(2017年。ハン・ジェリム監督)も、成り上がるために権力に寄り添った検事が最終的にダメになるって話で、腐敗した権力構造から民主主義への変化を、観客に問い、選択を突きつけるような映画でした。

西森 『ザ・キング』を見ていると、検察にどんな権力があるのかがわかるので、『検察側の罪人』を見るときに役立ちます。さっきも言ったように、日本は、正義と悪をきっちり描かないで、どっちもどっちで終わらせちゃうんですね。この『ザ・キング』の日本版のキャッチコピーが「プライドを捨てろ!権力に寄り添え!」っていうのは象徴的だと思いました。このコピーってある場面までは映画の正しい理解なんですけど、最後まで見ると違うわけじゃないですか。でも、力や悪には、寄り添ったり、うまくつきあうということのほうが、日本的なフィクションとして受け入れやすいということがあるんだなと、遠目で見ていました。私は、『ザ・キング』は権力にとことん一体化してみた経験があったからこそ、見えるものがあったというところがいいと思いますが。

ハン 日本的なフィクションねぇ……。そういえば一部かもしれないけど日本の観客は『アシュラ』とか『不汗党』(日本公開時のタイトルは『名もなき野良犬の輪舞』)とか大好きだもんね。『不汗党』は完全なファンタジーで、極端な話、日本のオタク向けに作っているとしか思えない(笑)。

西森 愛情の話だって監督も言っているし。

ハン 韓国にも熱狂的なファンがいるけど、たぶん暴力映画としては見ていないんですよね。オタク気質のある女の子が見る、ひとつのジャンルになっているというか。

西森 今はもう、韓国では、500万人以上がみるほどのノワールは少なくなりましたね。政治が描かれてないといけないし、政治を描いても『ザ・キング』がぎりぎり500万人。まあ、2017年上半期は、大統領選とかと重なって、映画が観られていなかった時期なんですけど。そういう意味では、『ザ・キング』は、その後の、政治映画ブームの先駆けかもしれません。歴史も駆け足でおさらいすることもできますしね。

ハン 韓国でみんなが見にいくほどヒットした、悪を悪として描かない映画は『新しき世界』が最後だったのかもしれない。日本はそこで止まっている? 『アシュラ』や『不汗党』の暴力や女性の描き方は、韓国のメインストリームにおいてはもはや古くて現代的ではないのだけど、とくに日本では、だからこそ完全にファンタジーとして消費されているような気がします。日本にはそういうリテラシーが高い層が多いので。

『タクシー運転手』がヒットした理由

西森 2007年当時に『光州5・18』が公開されたとき、すでに韓流の仕事をしていて、いろんな資料も読んでいたのに、今『タクシー運転手』に感じるような興味がなかなかわかなかったんですよね。今は、韓国の政治に興味もあるし、違う国の話だけど、日本では描けないことを韓国映画がやっている気がするようになりました。

ハン 羨ましい感じですか。

西森 そうですね。

ハン でも羨ましいと言われると、違和感あるな。日本には、たとえ与えられたものであったとしても民主主義があって、たとえば『タクシー運転手』が題材にしている「光州事件」が象徴的だけど、あからさまにあそこまで弾圧され人が殺されることはなかった。だからこそ韓国映画は、理不尽な暴力が横行した歴史を繰り返し描いて、社会で共有して乗り越えようとしている。あとまあ、映画だけの話じゃないですからね。たとえばソウルにある大韓民国歴史博物館って現代史の博物館に行ったときに、すごいなあと思ったのが、政権によって教科書の中身がどう変わってきたのかを展示していたんです。「光州事件」は、軍事政権時代だと教科書には「北の陰謀だ」って書かれていたのが、時代とともに変化して今では「民主化運動」と記述されている。そういう社会的コンセンサスのもとに映画があるというか。

西森 でも日本を考えると、この先がどうなるかがわからないし、教育に対する不安なんかもあります。過去から現在においては、「どうせ変わらない」みたいな諦めが前提にある気もするし。韓国は変わっていったのをみているから物語としても描ける、というか……。もちろん、歴史的な状況が違うのだから、単純に羨ましいというのは違うというのはわかるんですけど、この国は、自分たちの意思で何も乗り越えたことがないという感じがあるし、もし何かしらの問題があっても、なかなか物事の中枢にたどり着けないということは、今後はけっこう重要なことになってくると思うんです。

NHKの地上波で9月17日(月)に再放送がありますけど、朝ドラの『カーネーション』の渡辺あやさんが脚本を務めた、京都発地域ドラマ『ワンダー・ウォール』(NHK)という作品が、大学の学生寮の取り壊しをテーマに、大学と学生の交渉を描くんです。それこそ、何と戦ってるのかわからないけど、でも闘わないと何かが崩れてしまうというような気持ちが描かれていて。その何と闘っているのかわからないし、背景にある構造がうやむやにされている感じが、まさに日本を象徴していると思ってしまって。韓国ではちゃんと問題の中枢にちゃんとたどり着いて、状況を打破した結果が描けることが羨ましいということなんです。

ハン 確かに、日本で『タクシー運転手』について、「こういう作品が作れて羨ましい」ってコメントしている人はよく見ました。でもこの映画も企画、制作は、「文化人ブラックリスト」なんて密かに作って政権批判につながるような映画をつくらせないようにしていた保守派の朴槿恵政権の頃に始まっていて、映画づくり自体がたたかいでもあるようなところがあったと思うんですけどね。しかも完成から公開の時期がロウソク革命、政権交代に重なって、ある意味「時代の映画」になった。とはいえとくに日本でヒットした理由を考えてみると、それだけじゃないと思う。あの映画はうまく出来ているんですよね、「巻き込まれ系」になっていて。

西森 まったく歴史を知らない人であっても共感しやすくなっていましたね。

ハン そうそう。韓国でも1980年の光州事件はもう歴史的な出来事になっていて、若い人にはそこまで馴染みがない。チャン・フン監督も実はよく知らなかったって言っていました。事件が起きた当時は光州市が封鎖されていたから、光州市民以外の韓国人が事件の真相を知ったのは、事件が起きてから10年後とか20年後。いまでは広く知られるようになった事件ですけど、それでも朴槿恵政権なんかのときはあまり言いたがらなかったりする。『タクシー運転手』は、「ブラックリスト」にも載せられていたソン・ガンホ演じるソウルのタクシー運転手、ノンポリのキム・マンソプが、光州に取材に向かう海外のジャーナリストを客として乗せたことをきっかけに、事件に巻き込まれていくという物語。光州で起きていることを目撃し、放っておけなくなる主人公をよそ者として設定することで、観客が追体験しやすい構造になっている。日本でヒットした理由のひとつだと思う。

西森 『マッドマックス 怒りのデスロード』(以下、『マッドマックス』)みたいですよね(※2)。行って戻ってくるし。ソン・ガンホってNEW(NEXT ENTERTAINMENT WORLD」の略称)って制作会社の映画『弁護人』(2013年)とかを見ても、地位も高くて自分の努力で闘える役をやってきた俳優ですよね。NEWは自分の努力で力を身に着けて闘う話は大好きなので。『ザ・キング』もそうなんですけど。

(※2 参考「「アイドルを消費する」日本に、『マッドマックス』が投下したもの 西森路代×ハン・トンヒョン」「恋愛関係でなくても男女は協力できる 「当たり前」を描いた『マッドマックス』が賞賛される皮肉 西森路代×ハン・トンヒョン」)

ハン 持てるものを惜しみなく正義に捧げるみたいなタイプのキャラは多いですね。

西森 そうですね。だからソン・ガンホがいまどき、巻き込まれるただの市民をやるっていうのも珍しくて新鮮で。

ハン 『タクシー運転手』は韓国映画のあらゆる要素が盛り込まれているという意味でもよくできた映画だと思います。ホロッとするような人情もあるし、アクション、カーチェイス、一斉射撃や追跡シーンの演出なんかはホラーっぽくもある。ないのは恋愛だけ。とはいえ日本でも一部にあるようだけど、韓国ではカーチェイスのシーンには批判もあるんですけどね。

西森 エンタメっぽすぎる、ということですか。

ハン 実際にあった、しかも民間人が自分の国の軍隊に虐殺された事件ですからね。でもそういう批判をする韓国人だってみんな見ているわけですが。あと日本で受け入れられるうえで、カーチェイスがあったのは私はすごくよかったと思います。カーチェイスって、娯楽映画好きの人の大好物じゃないですか。『タクシー運転手』は、実際の事件の評価を歪めない範囲で、そこには抵触しないようなかたちで、フィクションを盛り込んでいる。そのバランスがとてもいい。

西森 フィクションで描くことの良さがありますよね。『タクシー運転手』を見始めたときは、けっこう保守的な感じで、CJ(映画制作会社CJ E&Mのこと。企業グループ「CJグループの傘下」)の映画みたいだなと思ってたんですよ。そしたら、中盤になるにつれNEWの映画みたいな、正義の話になって、最終的にはちょうどいいところに落ち着いていた。CJだとけっこう保守的だから、家族のため、みたいなことが優先で、NEWはリベラルだから正義が優先なんだけど、この映画は、家族も正義も重要で、でも英雄が主人公でもないというのが新しいなと思いました。でも、実話の描き方って、解釈が重要ですよね。

ハン 日本だと最近『幸色のワンルーム』が問題になったけど、あれは事件そのものの評価にかかわる可能性があったから駄目なんですよ。フィクションはノンフィクションじゃないから、なんらかの脚色は必要だけど、物事の本質を変えてしまってはいけません。『タクシー運転手』は、光州事件における尊い犠牲とその意味を、誠実に扱っているのがすごくよくわかるんですよ。

実際の事件をフィクションで描く/描けるということ

ハン 一方で私は、その7年後の「6月民主化抗争」を扱った『1987、ある闘いの真実』(2017年、チャン・ジュナン監督 ※3)についてどう評価していいのかまだ迷っていて……。ひとつのクライマックスの、催涙弾が当たってデモ中の大学生が倒れるシーンありますよね?

(※3 対談収録日は映画公開前です)

西森 新聞に載った写真ですね。

ハン そう。『1987』で描いている事件といえば、あの写真。ものすごく有名な写真です。それが映像で忠実に再現されていました。避けられないシーンではあるんだろうけど、生々しすぎて私は直視することができなかった。このとき亡くなり、その後の民主化運動の広がりの象徴的な存在となったその大学生、イ・ハニョルを演じたのは、朴槿恵政権下でこのような映画をつくることが難しい時期だったにもかかわらず、自ら出演を志願したというカン・ドンウォンなんですが、パンフレットや宣伝素材に、彼の写真は載っていません。

西森 それだけセンシティブなんですね。

ハン 実在した人物ですし、ご遺族もいらっしゃいます。だから、ものすごく誠実につくられているんだろうけど、自分自身、日本で暮らしていたけどやっぱり当時大学生で割と記憶に新しい時代の出来事だからか、どう受け止めていいのかがわからなくて……。当時の政権下で行われていた民主化運動参加者への拷問の様子も生々しく描かれています。うっすらと恋愛要素もあるけど、エンタメと取られないようにとても慎重です。なんというか、私にとってこの作品はカン・ドンウォンが演じる大学生の表情とか存在感がすべてというか、ひたすら胸が痛くて。そういう意味で、尊い犠牲と向きあうしんどさなのかもしれません。私もよそ者ですからね。これから日本公開なのにこんなこと言うのもなんですが、この映画はよそ者にはちょっと厳しいかもしれません。

西森 光州事件はもう大丈夫なんですか?

ハン そう言いきっていいのかどうかわからないけど、でもたぶんそうなんだろうと思います。繰り返し描かれているから、エンタメ要素もバランスよく盛り込んだ『タクシー運転手』のような作品も出てきた。ほかに光州事件を描いているものだと、『ペパーミント・キャンディ』(1998年)は見ました?

西森 見ました。でもまったく予備知識を入れてなかったのと、年代によっての主人公の変化が歴史的事実とリンクしているってわからなくて、光州事件を描いてるってわからなかったんですよね。だから、もう一回見ないといけないなと。

ハン 韓国では誰が見ても光州事件だってわかるんですが……。でも『ペパーミント・キャンディ』が作られた90年代後半は、ああいう描き方になった。民主化への過渡期の頃ですね。

西森 私が、日本的な見方というか、かつての考え方のままで見ると、主人公の私小説的なというか、心理的変化だけの話に思えてしまったんですよね。でも、そこに社会的な背景が重なっていたと考えると、また胸が痛い話になるというか。ハンさんが「ああいう描き方」と言ってるってことは、やっぱりものすごく間接的に描いているんですよね。それって、今の韓国映画では出来ているような、直接的な描き方が出来なかったということなんですね。

ハン 見たことがない人のために簡単にあらすじを説明しますね。ソル・ギョング演じる心優しく純粋な青年、ヨンホは兵役中、鎮圧軍として投入された光州市内で、間違って撃った銃弾で若い女性を死なせてしまいます。その後は運動家を拷問するような警察官を経て、金のためなら汚いことも平気で行う事業家となりますが、結婚した妻に対しても暴力をふるうようなひどい夫で、やがて落ちぶれていく。この映画、あの主人公は、光州のトラウマとしての韓国の現代史そのものなんですよ。名作です。

西森 全然知りませんでした。後で知った話ですが、『息もできない』(2008年)の父親も戦争の傷によって暴力的になったと聞きました。韓国では、見たらその背景がわかるという。ベトナム戦争にいった軍人がPTSDで苦しむ話に近いんですね。

ハン 同じ国の人を理由もわからず殺してしまっているわけで、もっと酷いと言えるかもしれません。

西森 そこは、『タクシー運転手』を見たときにわかりました。同じ国の中で国民が国民に銃を向けないといけないって、どんだけ酷い状況なのかと。

ハン ひとりの主人公に焦点を当てた話か群像劇かの違いはあるけれど、『タクシー運転手』と『1987』は、韓国の、現代史のトラウマとも言えるような悪、嘘にまみれためちゃくちゃな理屈で理不尽に人が殺されている様を目撃して知ってしまった人が、ほうっておくことができずに正義のために動く話という意味で共通点がある。かつてなら『ペパーミント・キャンディ』のように、そこに翻弄されて同調したり狂ったりする人が描かれた。当時はそこを描くしかなかった。

でも『タクシー運転手』の主人公は基本的には他者で、偶然巻き込まれて、そしてそこからまた去っていく『マッドマックス』のマックス的な、寅さん的な位置づけ。それは韓国でも若い世代を巻き込むための、またそのとき光州にいなかったという引け目、誠実さからの仕掛けだったのだろうけど、だからこそ日本人も共感的に見ることができたわけです。また誠実なかたちでエンターテインメント性が取り込まれていたことが、日本でヒットする要因にもなったのだと思います。

一方で『1987』は、社会が変わるかどうかはわからないけど、知ってしまったら、おかしいと感じたら、ほうっておくことができない、力はなくても、そのひとりとして、主体になる、という道義的責任を正面から描いています。ハ・ジョンウ演じる検事は、組織内でないがしろにはされているけど自分の使える「力」を使う。記者たちも、そして看守も、みな自分の立場でできることをする。カン・ドンウォンとキム・テリ演じる大学生は、学生だから何も持っていない、でも自分の問題として主体になる、ならざるをえない。で、そういうたくさんの「普通の人」たちがいたから今があるという話です。故人である実在の人物を軸に、そこをまっすぐに描く。そりゃ事件を知る観客は、胸の痛みをともなうしかないよね。必然的にエンターテインメント性は盛り込みづらいし、日本で広く共感されヒットするのは難しいだろうけど、見る価値はある作品だと思います。その際、なんというか、よそ者としてのわきまえというか、これは韓国の民主化運動について研究しているある先生が言っていたことでもあるんですが、尊いたたかいやそこでの犠牲へのリスペクトをもって見てもらいたいなと。

日本で、政権批判をする映画が生まれないのはなぜ?

ハン つまり『タクシー運転手』は、こう言ってよければ、韓国が「光州事件」をエンタメもまじえて描ける時代になったってことでもあるんだと思います。

西森 『光州5・18』を映画化したときはどうだったんでしょうか。

ハン 公開されたのは2007年です。1987年に軍事独裁の時代が終わり、1998年までが民主化への過渡期で、2008年までが金大中、盧武鉉という最初の進歩派政権の時代。『光州5・18』はこの時代の作品ですね。ちなみにその後、2008年から李明博、朴槿恵の保守政権の時期を経て、2017年から現在の文在寅、再びの進歩派政権の時代です。

西森 そのときは光州事件を描きやすい時代だったってことですか?

ハン そうそう。だから『光州5・18』は「光州事件を描けるぞ」ってなって、普通に、直接的に描いている。『タクシー運転手』のようなエンタメ要素はないけど、事件を知るという意味ではよく出来ている映画です。

西森 そう考えると、ここ10年くらいの韓国映画の洗練と、政権の変化が融合したのが『タクシー運転手』だったんですね。どっちかが欠けていたら出来なかった。

ハン そうですね。歴史的な事実を、ある程度の距離をとって扱えるようになったってことかもしれません。もちろんそれは批判されるポイントになったりもするんだけど……私は評価しています。ただ繰り返しになりますが、1987年の出来事はまだ微妙なように思うんですよね。でも、その志はリスペクトしています。心から。

西森 真剣に描く以上のことはできないと。私は知らないことがいっぱいあって、驚きながら見ていました。あと『タクシー運転手』と『1987』を続けてみると、光州事件から7年ずっとこういう状態が続いていたんだ、とも思っちゃって。

ハン まあそりゃそうだろうというか……。1980年に光州事件の鎮圧を指揮した全斗煥が大統領になって軍事独裁の時代が続いたわけで。映画から韓国の現代史に興味を持った人には、『韓国映画で学ぶ韓国の社会と歴史』(キネマ旬報社)がよくできているのでおすすめです。

――いまの政権が変わったらまた作れなくなるという可能性はあると思いますか?

ハン あるとは思いますけど……、さすがにそこまで戻らないんじゃないかなあ。

西森 今年の南北首脳会談をみると、今のところはそんな気がしますね。

ハン 先ほども言ったように、2008年から2016年が保守政権で、『国際市場で逢いましょう』(2014年)とか『オペレーション・クロマイト』(2016年)みたいな保守的な映画が作られていて、その前の約10年間の進歩派政権時代に、『JSA』(2000年)などが作られていますね。

西森 『国際市場』も『オペレーション・クロマイト』もCJの映画で、国内でも批判もあったわけですよね。戦争を賛美しているのではないかという意見なんかもあって。でも、『1987』を作った時に、ついにこっちの映画をCJが作るんだと思いました。

ハン CJは保守政権のときに、『ベテラン』(2015年)みたいな財閥を批判するような映画を作っていますよね(※4)。当時は、大統領より財閥のほうが酷いって空気でしたし。ガス抜きと言われもしたけれど。

(※4 参考「男らしさとミソジニーはセットなのか? 『ベテラン』の正義漢・ドチョル刑事と悪役のテオから考える」)

西森 あの頃は、現実にもそういう問題があったときで、「ナッツ姫」の騒動があったりもして。でも、財閥批判を面白く描けたからこそ、政権批判もうまく描けたのかもしれないし、ナッツ姫騒動の先には、あからさまではないけど、政治に対する不信もあったわけで、そういうものを描くベースはこの頃にもできたんじゃないかと。その後の、『インサイダーズ/内部者たち』(2015年)(※5)も、リアルな政治批判ではないけれど、なんとなく現実と続いているような政治批判が描かれてて。でも、まだこの頃は、リアルの政治は描かないんですよね。

(※5 参考「ホモソーシャルをひるむことなく悪と描いた『インサイダーズ/内部者たち』」)

ハン 今ちょうど日本にその手の映画がバンバン来ていてなんとなく盛り上がっているから現地と若干のタイムラグがあるのだけど、こういうのもそろそろ終わりなのかもしれないというか、いまはもっと抽象的な映画が増えてきているような印象です。押井守監督のアニメーション映画『人狼』が、南北統一へのプロジェクトが始まった近未来という設定で実写化されたけど、韓国もどこかオタク化しているのかも?

西森 流行るんですかね?(※6)

(※6 本対談は『人狼』公開前に収録、その後、加筆・修正したものですが、こちらは対談収録日の発言に修正をいれていません)

ハン うーん、ぶっちゃけあまりうまくいかない気がする。

西森 韓国って、流行らない企画は精査して、なくなっていく気がするんですけど、続いていくんですかね。

ハン どうだろう。「なんとか2」みたいな映画も増えていますよね。

西森 『神と共に』ですよね。今まで、映画でパート2が作られたものなんで『公共の敵』くらいしか思い浮かばない韓国で――いや、探せばもっとあるのかもしれないけど――それはすごい変化ですよね。しかも、キャラクターものの映画の少なかった韓国で、『神と共に』は、冥土の使いとかが出てくるファンタジー。ドラマでは『トッケビ〜君がくれた愛しい日々〜』も含めて、冥土ものってけっこうあったので、けっこうヒットする素地はあったにせよ、政治、リアリティが優勢だった韓国でのこの変化はけっこう気になりますね。今度、対談をしたときにはどうなっているのか。

ハン 『人狼』みたいな南北モノも、現実の動きのほうが早すぎだし。もしかすると、微妙な時期に企画しちゃったなって思ったりしているかもしれません(笑)。『鋼鉄の雨』(Netflixで視聴可能 ※7)もギリギリでしたよね。韓国公開は間に合ったけど、日本では……。関心を持たれるという意味では、タイミングがよかったとも言えるのかもしれないけど。

(※7 参考「『鋼鉄の雨』は韓国版『シン・ゴジラ』か? 韓国映画に通底する“未完の近代”としての自画像」

西森 現実のほうが斜め上を行っている。みんな予想出来ていたんですかね?

ハン ここまで進むとは予想してなかったと思う。『鋼鉄の雨』はヤン・ウソク監督が10年くらい前に描いた漫画が原作ですから。あの頃は、政権も違うし、思えばそれこそつい1年くらい前までは戦争になるかもしれないっていう雰囲気でしたよね。

西森 そう考えると韓国はすごいですねえ。すごい勢いで変わってる。

ハン もし、日本にとって韓国のような、西森さんの言うところのかつての黒歴史、政権批判的なスタイルが可能だとしたら、おそらく過去のアジア侵略や戦争の加害責任を描くことかな……。国としてはかつて間違ったことをやったけど反省して今は断ち切ったし断ち切りたい歴史という構造は共通すると言いたいけど、現実的には全然そうなっていないんだよね。私が不勉強なだけでもっとあるのかもしれないけど、実際には被害ばかり描かれるし、加害もそのようには描かれませんから。まあ勝手なことを言っているのはわかっていますが。
(構成/カネコアキラ)

後編「自意識・実存から食うことへ 敵の見えない世の中を変えていくには…/西森路代×ハン・トンヒョン

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