権力に切り込む韓国映画、権力を取り込む日本映画/西森路代×ハン・トンヒョン

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『タクシー運転手』がヒットした理由

西森 2007年当時に『光州5・18』が公開されたとき、すでに韓流の仕事をしていて、いろんな資料も読んでいたのに、今『タクシー運転手』に感じるような興味がなかなかわかなかったんですよね。今は、韓国の政治に興味もあるし、違う国の話だけど、日本では描けないことを韓国映画がやっている気がするようになりました。

ハン 羨ましい感じですか。

西森 そうですね。

ハン でも羨ましいと言われると、違和感あるな。日本には、たとえ与えられたものであったとしても民主主義があって、たとえば『タクシー運転手』が題材にしている「光州事件」が象徴的だけど、あからさまにあそこまで弾圧され人が殺されることはなかった。だからこそ韓国映画は、理不尽な暴力が横行した歴史を繰り返し描いて、社会で共有して乗り越えようとしている。あとまあ、映画だけの話じゃないですからね。たとえばソウルにある大韓民国歴史博物館って現代史の博物館に行ったときに、すごいなあと思ったのが、政権によって教科書の中身がどう変わってきたのかを展示していたんです。「光州事件」は、軍事政権時代だと教科書には「北の陰謀だ」って書かれていたのが、時代とともに変化して今では「民主化運動」と記述されている。そういう社会的コンセンサスのもとに映画があるというか。

西森 でも日本を考えると、この先がどうなるかがわからないし、教育に対する不安なんかもあります。過去から現在においては、「どうせ変わらない」みたいな諦めが前提にある気もするし。韓国は変わっていったのをみているから物語としても描ける、というか……。もちろん、歴史的な状況が違うのだから、単純に羨ましいというのは違うというのはわかるんですけど、この国は、自分たちの意思で何も乗り越えたことがないという感じがあるし、もし何かしらの問題があっても、なかなか物事の中枢にたどり着けないということは、今後はけっこう重要なことになってくると思うんです。

NHKの地上波で9月17日(月)に再放送がありますけど、朝ドラの『カーネーション』の渡辺あやさんが脚本を務めた、京都発地域ドラマ『ワンダー・ウォール』(NHK)という作品が、大学の学生寮の取り壊しをテーマに、大学と学生の交渉を描くんです。それこそ、何と戦ってるのかわからないけど、でも闘わないと何かが崩れてしまうというような気持ちが描かれていて。その何と闘っているのかわからないし、背景にある構造がうやむやにされている感じが、まさに日本を象徴していると思ってしまって。韓国ではちゃんと問題の中枢にちゃんとたどり着いて、状況を打破した結果が描けることが羨ましいということなんです。

ハン 確かに、日本で『タクシー運転手』について、「こういう作品が作れて羨ましい」ってコメントしている人はよく見ました。でもこの映画も企画、制作は、「文化人ブラックリスト」なんて密かに作って政権批判につながるような映画をつくらせないようにしていた保守派の朴槿恵政権の頃に始まっていて、映画づくり自体がたたかいでもあるようなところがあったと思うんですけどね。しかも完成から公開の時期がロウソク革命、政権交代に重なって、ある意味「時代の映画」になった。とはいえとくに日本でヒットした理由を考えてみると、それだけじゃないと思う。あの映画はうまく出来ているんですよね、「巻き込まれ系」になっていて。

西森 まったく歴史を知らない人であっても共感しやすくなっていましたね。

ハン そうそう。韓国でも1980年の光州事件はもう歴史的な出来事になっていて、若い人にはそこまで馴染みがない。チャン・フン監督も実はよく知らなかったって言っていました。事件が起きた当時は光州市が封鎖されていたから、光州市民以外の韓国人が事件の真相を知ったのは、事件が起きてから10年後とか20年後。いまでは広く知られるようになった事件ですけど、それでも朴槿恵政権なんかのときはあまり言いたがらなかったりする。『タクシー運転手』は、「ブラックリスト」にも載せられていたソン・ガンホ演じるソウルのタクシー運転手、ノンポリのキム・マンソプが、光州に取材に向かう海外のジャーナリストを客として乗せたことをきっかけに、事件に巻き込まれていくという物語。光州で起きていることを目撃し、放っておけなくなる主人公をよそ者として設定することで、観客が追体験しやすい構造になっている。日本でヒットした理由のひとつだと思う。

西森 『マッドマックス 怒りのデスロード』(以下、『マッドマックス』)みたいですよね(※2)。行って戻ってくるし。ソン・ガンホってNEW(NEXT ENTERTAINMENT WORLD」の略称)って制作会社の映画『弁護人』(2013年)とかを見ても、地位も高くて自分の努力で闘える役をやってきた俳優ですよね。NEWは自分の努力で力を身に着けて闘う話は大好きなので。『ザ・キング』もそうなんですけど。

(※2 参考「「アイドルを消費する」日本に、『マッドマックス』が投下したもの 西森路代×ハン・トンヒョン」「恋愛関係でなくても男女は協力できる 「当たり前」を描いた『マッドマックス』が賞賛される皮肉 西森路代×ハン・トンヒョン」)

ハン 持てるものを惜しみなく正義に捧げるみたいなタイプのキャラは多いですね。

西森 そうですね。だからソン・ガンホがいまどき、巻き込まれるただの市民をやるっていうのも珍しくて新鮮で。

ハン 『タクシー運転手』は韓国映画のあらゆる要素が盛り込まれているという意味でもよくできた映画だと思います。ホロッとするような人情もあるし、アクション、カーチェイス、一斉射撃や追跡シーンの演出なんかはホラーっぽくもある。ないのは恋愛だけ。とはいえ日本でも一部にあるようだけど、韓国ではカーチェイスのシーンには批判もあるんですけどね。

西森 エンタメっぽすぎる、ということですか。

ハン 実際にあった、しかも民間人が自分の国の軍隊に虐殺された事件ですからね。でもそういう批判をする韓国人だってみんな見ているわけですが。あと日本で受け入れられるうえで、カーチェイスがあったのは私はすごくよかったと思います。カーチェイスって、娯楽映画好きの人の大好物じゃないですか。『タクシー運転手』は、実際の事件の評価を歪めない範囲で、そこには抵触しないようなかたちで、フィクションを盛り込んでいる。そのバランスがとてもいい。

西森 フィクションで描くことの良さがありますよね。『タクシー運転手』を見始めたときは、けっこう保守的な感じで、CJ(映画制作会社CJ E&Mのこと。企業グループ「CJグループの傘下」)の映画みたいだなと思ってたんですよ。そしたら、中盤になるにつれNEWの映画みたいな、正義の話になって、最終的にはちょうどいいところに落ち着いていた。CJだとけっこう保守的だから、家族のため、みたいなことが優先で、NEWはリベラルだから正義が優先なんだけど、この映画は、家族も正義も重要で、でも英雄が主人公でもないというのが新しいなと思いました。でも、実話の描き方って、解釈が重要ですよね。

ハン 日本だと最近『幸色のワンルーム』が問題になったけど、あれは事件そのものの評価にかかわる可能性があったから駄目なんですよ。フィクションはノンフィクションじゃないから、なんらかの脚色は必要だけど、物事の本質を変えてしまってはいけません。『タクシー運転手』は、光州事件における尊い犠牲とその意味を、誠実に扱っているのがすごくよくわかるんですよ。

実際の事件をフィクションで描く/描けるということ

ハン 一方で私は、その7年後の「6月民主化抗争」を扱った『1987、ある闘いの真実』(2017年、チャン・ジュナン監督 ※3)についてどう評価していいのかまだ迷っていて……。ひとつのクライマックスの、催涙弾が当たってデモ中の大学生が倒れるシーンありますよね?

(※3 対談収録日は映画公開前です)

西森 新聞に載った写真ですね。

ハン そう。『1987』で描いている事件といえば、あの写真。ものすごく有名な写真です。それが映像で忠実に再現されていました。避けられないシーンではあるんだろうけど、生々しすぎて私は直視することができなかった。このとき亡くなり、その後の民主化運動の広がりの象徴的な存在となったその大学生、イ・ハニョルを演じたのは、朴槿恵政権下でこのような映画をつくることが難しい時期だったにもかかわらず、自ら出演を志願したというカン・ドンウォンなんですが、パンフレットや宣伝素材に、彼の写真は載っていません。

西森 それだけセンシティブなんですね。

ハン 実在した人物ですし、ご遺族もいらっしゃいます。だから、ものすごく誠実につくられているんだろうけど、自分自身、日本で暮らしていたけどやっぱり当時大学生で割と記憶に新しい時代の出来事だからか、どう受け止めていいのかがわからなくて……。当時の政権下で行われていた民主化運動参加者への拷問の様子も生々しく描かれています。うっすらと恋愛要素もあるけど、エンタメと取られないようにとても慎重です。なんというか、私にとってこの作品はカン・ドンウォンが演じる大学生の表情とか存在感がすべてというか、ひたすら胸が痛くて。そういう意味で、尊い犠牲と向きあうしんどさなのかもしれません。私もよそ者ですからね。これから日本公開なのにこんなこと言うのもなんですが、この映画はよそ者にはちょっと厳しいかもしれません。

西森 光州事件はもう大丈夫なんですか?

ハン そう言いきっていいのかどうかわからないけど、でもたぶんそうなんだろうと思います。繰り返し描かれているから、エンタメ要素もバランスよく盛り込んだ『タクシー運転手』のような作品も出てきた。ほかに光州事件を描いているものだと、『ペパーミント・キャンディ』(1998年)は見ました?

西森 見ました。でもまったく予備知識を入れてなかったのと、年代によっての主人公の変化が歴史的事実とリンクしているってわからなくて、光州事件を描いてるってわからなかったんですよね。だから、もう一回見ないといけないなと。

ハン 韓国では誰が見ても光州事件だってわかるんですが……。でも『ペパーミント・キャンディ』が作られた90年代後半は、ああいう描き方になった。民主化への過渡期の頃ですね。

西森 私が、日本的な見方というか、かつての考え方のままで見ると、主人公の私小説的なというか、心理的変化だけの話に思えてしまったんですよね。でも、そこに社会的な背景が重なっていたと考えると、また胸が痛い話になるというか。ハンさんが「ああいう描き方」と言ってるってことは、やっぱりものすごく間接的に描いているんですよね。それって、今の韓国映画では出来ているような、直接的な描き方が出来なかったということなんですね。

ハン 見たことがない人のために簡単にあらすじを説明しますね。ソル・ギョング演じる心優しく純粋な青年、ヨンホは兵役中、鎮圧軍として投入された光州市内で、間違って撃った銃弾で若い女性を死なせてしまいます。その後は運動家を拷問するような警察官を経て、金のためなら汚いことも平気で行う事業家となりますが、結婚した妻に対しても暴力をふるうようなひどい夫で、やがて落ちぶれていく。この映画、あの主人公は、光州のトラウマとしての韓国の現代史そのものなんですよ。名作です。

西森 全然知りませんでした。後で知った話ですが、『息もできない』(2008年)の父親も戦争の傷によって暴力的になったと聞きました。韓国では、見たらその背景がわかるという。ベトナム戦争にいった軍人がPTSDで苦しむ話に近いんですね。

ハン 同じ国の人を理由もわからず殺してしまっているわけで、もっと酷いと言えるかもしれません。

西森 そこは、『タクシー運転手』を見たときにわかりました。同じ国の中で国民が国民に銃を向けないといけないって、どんだけ酷い状況なのかと。

ハン ひとりの主人公に焦点を当てた話か群像劇かの違いはあるけれど、『タクシー運転手』と『1987』は、韓国の、現代史のトラウマとも言えるような悪、嘘にまみれためちゃくちゃな理屈で理不尽に人が殺されている様を目撃して知ってしまった人が、ほうっておくことができずに正義のために動く話という意味で共通点がある。かつてなら『ペパーミント・キャンディ』のように、そこに翻弄されて同調したり狂ったりする人が描かれた。当時はそこを描くしかなかった。

でも『タクシー運転手』の主人公は基本的には他者で、偶然巻き込まれて、そしてそこからまた去っていく『マッドマックス』のマックス的な、寅さん的な位置づけ。それは韓国でも若い世代を巻き込むための、またそのとき光州にいなかったという引け目、誠実さからの仕掛けだったのだろうけど、だからこそ日本人も共感的に見ることができたわけです。また誠実なかたちでエンターテインメント性が取り込まれていたことが、日本でヒットする要因にもなったのだと思います。

一方で『1987』は、社会が変わるかどうかはわからないけど、知ってしまったら、おかしいと感じたら、ほうっておくことができない、力はなくても、そのひとりとして、主体になる、という道義的責任を正面から描いています。ハ・ジョンウ演じる検事は、組織内でないがしろにはされているけど自分の使える「力」を使う。記者たちも、そして看守も、みな自分の立場でできることをする。カン・ドンウォンとキム・テリ演じる大学生は、学生だから何も持っていない、でも自分の問題として主体になる、ならざるをえない。で、そういうたくさんの「普通の人」たちがいたから今があるという話です。故人である実在の人物を軸に、そこをまっすぐに描く。そりゃ事件を知る観客は、胸の痛みをともなうしかないよね。必然的にエンターテインメント性は盛り込みづらいし、日本で広く共感されヒットするのは難しいだろうけど、見る価値はある作品だと思います。その際、なんというか、よそ者としてのわきまえというか、これは韓国の民主化運動について研究しているある先生が言っていたことでもあるんですが、尊いたたかいやそこでの犠牲へのリスペクトをもって見てもらいたいなと。

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