権力に切り込む韓国映画、権力を取り込む日本映画/西森路代×ハン・トンヒョン

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日本で、政権批判をする映画が生まれないのはなぜ?

ハン つまり『タクシー運転手』は、こう言ってよければ、韓国が「光州事件」をエンタメもまじえて描ける時代になったってことでもあるんだと思います。

西森 『光州5・18』を映画化したときはどうだったんでしょうか。

ハン 公開されたのは2007年です。1987年に軍事独裁の時代が終わり、1998年までが民主化への過渡期で、2008年までが金大中、盧武鉉という最初の進歩派政権の時代。『光州5・18』はこの時代の作品ですね。ちなみにその後、2008年から李明博、朴槿恵の保守政権の時期を経て、2017年から現在の文在寅、再びの進歩派政権の時代です。

西森 そのときは光州事件を描きやすい時代だったってことですか?

ハン そうそう。だから『光州5・18』は「光州事件を描けるぞ」ってなって、普通に、直接的に描いている。『タクシー運転手』のようなエンタメ要素はないけど、事件を知るという意味ではよく出来ている映画です。

西森 そう考えると、ここ10年くらいの韓国映画の洗練と、政権の変化が融合したのが『タクシー運転手』だったんですね。どっちかが欠けていたら出来なかった。

ハン そうですね。歴史的な事実を、ある程度の距離をとって扱えるようになったってことかもしれません。もちろんそれは批判されるポイントになったりもするんだけど……私は評価しています。ただ繰り返しになりますが、1987年の出来事はまだ微妙なように思うんですよね。でも、その志はリスペクトしています。心から。

西森 真剣に描く以上のことはできないと。私は知らないことがいっぱいあって、驚きながら見ていました。あと『タクシー運転手』と『1987』を続けてみると、光州事件から7年ずっとこういう状態が続いていたんだ、とも思っちゃって。

ハン まあそりゃそうだろうというか……。1980年に光州事件の鎮圧を指揮した全斗煥が大統領になって軍事独裁の時代が続いたわけで。映画から韓国の現代史に興味を持った人には、『韓国映画で学ぶ韓国の社会と歴史』(キネマ旬報社)がよくできているのでおすすめです。

――いまの政権が変わったらまた作れなくなるという可能性はあると思いますか?

ハン あるとは思いますけど……、さすがにそこまで戻らないんじゃないかなあ。

西森 今年の南北首脳会談をみると、今のところはそんな気がしますね。

ハン 先ほども言ったように、2008年から2016年が保守政権で、『国際市場で逢いましょう』(2014年)とか『オペレーション・クロマイト』(2016年)みたいな保守的な映画が作られていて、その前の約10年間の進歩派政権時代に、『JSA』(2000年)などが作られていますね。

西森 『国際市場』も『オペレーション・クロマイト』もCJの映画で、国内でも批判もあったわけですよね。戦争を賛美しているのではないかという意見なんかもあって。でも、『1987』を作った時に、ついにこっちの映画をCJが作るんだと思いました。

ハン CJは保守政権のときに、『ベテラン』(2015年)みたいな財閥を批判するような映画を作っていますよね(※4)。当時は、大統領より財閥のほうが酷いって空気でしたし。ガス抜きと言われもしたけれど。

(※4 参考「男らしさとミソジニーはセットなのか? 『ベテラン』の正義漢・ドチョル刑事と悪役のテオから考える」)

西森 あの頃は、現実にもそういう問題があったときで、「ナッツ姫」の騒動があったりもして。でも、財閥批判を面白く描けたからこそ、政権批判もうまく描けたのかもしれないし、ナッツ姫騒動の先には、あからさまではないけど、政治に対する不信もあったわけで、そういうものを描くベースはこの頃にもできたんじゃないかと。その後の、『インサイダーズ/内部者たち』(2015年)(※5)も、リアルな政治批判ではないけれど、なんとなく現実と続いているような政治批判が描かれてて。でも、まだこの頃は、リアルの政治は描かないんですよね。

(※5 参考「ホモソーシャルをひるむことなく悪と描いた『インサイダーズ/内部者たち』」)

ハン 今ちょうど日本にその手の映画がバンバン来ていてなんとなく盛り上がっているから現地と若干のタイムラグがあるのだけど、こういうのもそろそろ終わりなのかもしれないというか、いまはもっと抽象的な映画が増えてきているような印象です。押井守監督のアニメーション映画『人狼』が、南北統一へのプロジェクトが始まった近未来という設定で実写化されたけど、韓国もどこかオタク化しているのかも?

西森 流行るんですかね?(※6)

(※6 本対談は『人狼』公開前に収録、その後、加筆・修正したものですが、こちらは対談収録日の発言に修正をいれていません)

ハン うーん、ぶっちゃけあまりうまくいかない気がする。

西森 韓国って、流行らない企画は精査して、なくなっていく気がするんですけど、続いていくんですかね。

ハン どうだろう。「なんとか2」みたいな映画も増えていますよね。

西森 『神と共に』ですよね。今まで、映画でパート2が作られたものなんで『公共の敵』くらいしか思い浮かばない韓国で――いや、探せばもっとあるのかもしれないけど――それはすごい変化ですよね。しかも、キャラクターものの映画の少なかった韓国で、『神と共に』は、冥土の使いとかが出てくるファンタジー。ドラマでは『トッケビ〜君がくれた愛しい日々〜』も含めて、冥土ものってけっこうあったので、けっこうヒットする素地はあったにせよ、政治、リアリティが優勢だった韓国でのこの変化はけっこう気になりますね。今度、対談をしたときにはどうなっているのか。

ハン 『人狼』みたいな南北モノも、現実の動きのほうが早すぎだし。もしかすると、微妙な時期に企画しちゃったなって思ったりしているかもしれません(笑)。『鋼鉄の雨』(Netflixで視聴可能 ※7)もギリギリでしたよね。韓国公開は間に合ったけど、日本では……。関心を持たれるという意味では、タイミングがよかったとも言えるのかもしれないけど。

(※7 参考「『鋼鉄の雨』は韓国版『シン・ゴジラ』か? 韓国映画に通底する“未完の近代”としての自画像」

西森 現実のほうが斜め上を行っている。みんな予想出来ていたんですかね?

ハン ここまで進むとは予想してなかったと思う。『鋼鉄の雨』はヤン・ウソク監督が10年くらい前に描いた漫画が原作ですから。あの頃は、政権も違うし、思えばそれこそつい1年くらい前までは戦争になるかもしれないっていう雰囲気でしたよね。

西森 そう考えると韓国はすごいですねえ。すごい勢いで変わってる。

ハン もし、日本にとって韓国のような、西森さんの言うところのかつての黒歴史、政権批判的なスタイルが可能だとしたら、おそらく過去のアジア侵略や戦争の加害責任を描くことかな……。国としてはかつて間違ったことをやったけど反省して今は断ち切ったし断ち切りたい歴史という構造は共通すると言いたいけど、現実的には全然そうなっていないんだよね。私が不勉強なだけでもっとあるのかもしれないけど、実際には被害ばかり描かれるし、加害もそのようには描かれませんから。まあ勝手なことを言っているのはわかっていますが。
(構成/カネコアキラ)

後編「自意識・実存から食うことへ 敵の見えない世の中を変えていくには…/西森路代×ハン・トンヒョン

ハン・トンヒョン(韓東賢)
日本映画大学准教授(社会学)。1968年東京生まれ。専門はナショナリズムとエスニシティ、マイノリティ・マジョリ ティの関係やアイデンティティなど。主なフィールドは在日コリアンを中心とした在日外国人問題。著書に『チマ・チョゴリ制服の民族誌(エスノグラフィー)― その誕生と朝鮮学校の女性たち』、共著に『平成史【増補新版】』、『社会の芸術/芸術という社会―社会とアートの関係、その再創造に向けて』『ジェンダーとセクシュアリティで見る東アジア』など。「Yahoo!ニュース個人」(https://news.yahoo.co.jp/byline/hantonghyon/)に不定期で執筆中。

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