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月経が必ず問われた精神鑑定 女性被疑者に対する「騎士道精神」

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田中ひかるさんの新刊『「毒婦」和歌山カレー事件20年目の真実』(ビジネス社)

 「女性犯罪」というテーマが日本で論じられるようになったのは、大正時代のことである。それは、平塚雷鳥ら「新しい女」の登場に象徴される女性解放の動きに対するアンチテーゼとして唱えられた側面が強かった。当然ながらその内容は、女性蔑視的である。女性という生き物は、“性”によって罪を犯すということが強調され、女性にしかない月経が、犯罪の要因として重視された。

 大正から昭和にかけて、犯罪精神医学者として刑事事件の精神鑑定にあたっていた菊地甚一は、その豊富な鑑定事例を著書にまとめている。鑑定の際、女性被疑者には必ず月経についての質問を行っていた。

 『罪無罪』(1936年)では、傷害で起訴された女性に、初経年齢、月経が順調であったかどうか、月経痛の有無、月経前後の気分などについて質問したあとに、「月経中…………(引用者注・伏せ字)月経が長びいたり、余計に気持ちが悪い事が起ったりする事が当然であることを知っていたか」と聞いている。

 この女性は「月経の前はどういう気になるか」という質問に対し、「決まりませんで色々あります。泣きたくなる時もあれば、人に突っかかってみたくなる時もあり、また人から言葉をかけられるのもいやで独りぼっちでいたくなったりします」と答え、この回答をもとに菊地は、次のような鑑定考察を示している。

月経中の××(引用者注・伏せ字)を為したるがごとき事実は、月経中の経過に異常をきたしやすきことは勿論、如上の精神上の憂悶は感情の異常を招来することの原由甚だ大なることを考えなければばらないことである。

 「…………」とか「××」といった伏せ字が何を指しているのかは不明である。いずれにしても、この女性は鑑定で菊地に「ヒステリー」と診断された結果、無罪となっている。

 菊地はまた、自分の子供を殺し、自殺を図ろうとした女性に対しては、「被告がガスで死のうとしたのは六月二三日の晩で、そのときにはちょうど月経中ではなかったか」とわざわざ質問し、女性が「そうではありません」と答えているにも関わらず、「月経の前か後に平常と気持ちが変わるのか」と聞き、「とても気が立ってきて、ムシャクシャしてきます。泣きたくなったり、腹立ちたくなったりします」という答えを引き出している。この女性も菊地の「ヒステリー性神経症」という診断によって執行猶予となった。

 菊地は、『女性犯罪の諸相』(1940年)という著書で、6人の女性被疑者の精神鑑定の結果をまとめている。そして、6人それぞれに「月経及性について」の質問項目を設けている。

 このうち殺人を犯した女性は、菊地の月経前の調子はどうかという質問に「何ともありません、いつもと同じです」、また「月経時になると頭が痛かったり気が欝いだりむやみに腹が立つようなことはないか」という質問に「そんなことありませんです」と答えた結果、犯行が「被告の月経前なることも確実なるとするも、常に影響少なき被告としては当時のみ多大の影響を受けたるものと考えることは不可能である」と結論されている。女性の答え方一つで、正反対の結論にもなっただろう。

 これについては菊地自身も懸念しているようで、「婦女の月経についてはすこぶる注意すべきものあるは云うまでもなきことなるも、時としてはかえって過大にこれを評価されがちとな」ると語っている。さらに、「月経そのものは女性にあっては生理的な現象であって、これによって精神状態を殊更影響さることはなきはず」だが、「ヒステリー」をはじめとする精神疾患を伴う場合には、「月経に際し一時性の病的障礙を伴うことあるは学問上当然認むべきことである」と説いている。

 つまり、菊地は何らかの精神疾患のある場合には、月経の影響を受けて犯行に及ぶ場合があるとしながらも、女性犯罪者が必ずしも月経の影響を受けているとは考えていないのだ。

 ではなぜ菊地は女性犯罪者に対する精神鑑定の際、必ず月経についての質問を行い、積極的に犯行を月経と結びつけようとしたのか。

 『女性犯罪の諸相』の最後の一行には、「私の犯罪に対する人道主義的な観察態度が、はっきりと世の中に認識さるることと考える」と記されている。たしかに菊地の鑑定は概ね温情的である。月経について必ず質問しているのも、責任能力の不在を証明する根拠を見つけたかったからではないだろうか。

 こうした鑑定事例が積もるにしたがい、女性は月経の影響で犯罪を犯すという説が、一層信憑性を帯びていったのである。

 女性犯罪論では、女性被疑者に対する菊地のような温情的な態度を「騎士道精神」と呼んでいる。「犯罪における月経要因説」はかつてほど表立って論じられることはなくなったが、「騎士道精神」は今も健在である。

 しかし、こうした態度が公正でないことは明らかである。根は女性蔑視であることから、意に沿わない女性に対しては、“温情”から“非情”に転ずることがある。

 前回も触れたように(「女に殴られたのは初めてや。よう覚えとけよ」 和歌山カレー事件に見る刑事・司法界の女性差別)、被疑者の性別や、刑事・司法関係者の女性観(あるいは男性観)が、捜査や司法の判断を左右するようなことは、あってはならない。

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田中ひかる

1970年東京生まれ。著書に『月経と犯罪 女性犯罪論の真偽を問う』(批評社)、『「オバサン」はなぜ嫌われるか』(集英社新書)、『生理用品の社会史 タブーから一大ビジネスへ』(ミネルヴァ書房)、『「毒婦」 和歌山カレー事件20年目の真実』(ビジネス社)など。

田中ひかるのウェブサイト

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