母親による性的虐待・暴力的な機能不全家庭出身のサバイバーが得た3本の杖

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――虐待を受けた「わたしたち」に残ったものとは? よじれてしまった家族への想いを胸に、果たして、そこに再生の道はあるのだろうか。元・被虐待児=サバイバーである筆者が、自身の体験やサバイバーたちへの取材を元に「児童虐待のリアル」を内側からレポートする。

連載第7回「乳首を噛む母親」編

 あなたは「子どもへの性的な虐待」と聞くと、どんな光景を思い浮かべるだろうか? 多くの人は父から娘、男性教師から女子児童へのわいせつ行為など「男→女」パターンを思い浮かべるかもしれない。

 実際、加害者が異性であるケースは非常に多い。しかし、全国児童相談所の調べからは、違った結果も見えてくる。2011(平成23)年度に児童相談所が対応した性被害1414件のうち、「女→女」の被害は女の子全体の約5.4%。「男→男」の被害に至っては、なんと男の子全体の約69.0%にものぼるのだ。

 このデータの背景には、どんな現実があるのだろう? 子どもが成長したとき、その恋愛に影響は出ないのか? そんな疑問に、母親からの性的虐待を受けた例として、あるひとりの女性が自身の体験を語ってくれた。彼女のニックネームは「砂山」。SNSを始めたときに「心が砂の山のように崩れやすくもろかった」ことから、そう名乗っているそうだ。

 筆者とのTwitterでのやり取りで、彼女はこう語った。
「実の母親から、乳首を噛まれたり、眼玉を舐められたりしていました」

 彼女と実際に会うことになったのは、今年6月のある平日。東京・神楽坂で待ち合わせた砂山さんは、花柄のワンピースにニットレースの白いカーディガンを羽織っていた。メガネに黒髪というマジメそうな感じと可憐なワンピースとの組み合わせから、どことなく「誠実そうな人」という印象を受ける。32歳というが、小柄な体つきから20代にも見えた。

「今は学習塾の事務をやっています。前職はSEだったんですけど、仕事がつらすぎて……」と、控えめに苦笑する。

「普段は地元から出ないので、この辺には来ないですねぇ」と物珍しそうにキョロキョロする砂山さん。2人でウインドウショッピングをしながら、一軒のカフェバーに入った。

母は「研究の進んでいない妖怪」

 砂山さんは、関東にある母の実家で幼少期を過ごした。祖父母と伯母、両親、兄との7人暮らし。一軒家とはいえ、この人数が暮らすには手狭だった。父親は、偏差値の高い大学を出てそれなりの収入が保証される会社に勤めていたが、短気な性格から上司と衝突が多かった。故に会社を辞めて再就職したり、そのうちパチンコにハマってしまったり、やや不安定な家計だったという。

 それもそうですが――と、砂山さんは言葉を一つひとつ選びながら、切り出した。

「母がアルコール依存症で、奇行がすごかったんです。たとえばお酒を飲んでいると、パンツ一丁で床にひっくり返って、赤ちゃんみたいに手足をバタバタさせて、『ぎゃははははは~』って笑いながら白目をむくんですよ。頭なんかボサボサで」

 こう語りながら、ホラー映画のような甲高い声を出して再現してくれる。

「行動が理解不能すぎるため、母は人間ではなく『研究の進んでいない妖怪』なのかなとずっと思っていました」

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イラスト/帆南ふうこ

 厚生労働省が2013年7月に実施した調査によると、WHOが定義する「アルコール依存症」の診断基準を満たす人の数は100万人以上とも推計されるのだという。大量の飲酒が続くと、脳の萎縮や前頭前野の変質による認知機能・感情の抑制機能などへのダメージ、てんかんなどを引き起こす可能性もあると指摘する専門家もいる。しかし、砂山さんの母親は、医師の診療を受けようとはしなかった。だからいまだに、奇行の原因ははっきりとはしない。

「機嫌が悪いときは八つ当たりで殴ってくるし、機嫌がいいときは、わたしを呼び出して無理やりディープキスをしたり、服を脱がせて乳首を噛んだりしてきました。幼稚園に上がる前後ですかね。当時は、気持ち悪いという感情より先に、痛みとか噛まれる恐怖のほうが重大な問題でした」

 そんな母だったから夫婦げんかは絶えず、短気だった父は母に手を上げるようになる。兄にも暴力的な行動が目立ち、砂山さんを殴るが砂山さんも殴り返す。その激しさは、誰が被害者で誰が加害者かわからないような状況だったらしい。

死にたい、女の子のハダカがほしい

 勉強の成績は良かったという砂山さん。しかし、安心できる居場所がないという生きづらさから、そのひずみは小学生時代からすでに発生していた。6年生頃から胸がズキズキ痛くてうつ状態になり、高校入学時にはクラスメイトと会話する気力もなかったという。隣の子から話しかけられるだけで、頭の中はパニックになった。

「死にたくて、一度は精神科に行こうとしました。でも、家庭内暴力を抱えた兄のことを考えると『私ひとりぐらいはまともな人間でいなくては』と、思いとどまったんです」

 自分の中のつらい気持ちを“黙殺”し続けるなど、そう長くはもたなかった。大学のとき、ある一冊のマンガをキッカケに、砂山さんは抑え込んできた決定的な心の傷に気づくことになる。

「丸尾末広の『少女椿』という作品で、男色家だった見世物小屋の座長が、雇っていた女装の少年の眼球を舐めるというシーンがあったんです。それを見た瞬間、『ああ、これだったのか!』と思いました。母から乳首を噛まれるとか、舌を入れてキスされることを『気持ち悪い』と思ってよかったんだと。幼い頃から抑え込んできた憎しみの塊が、次々とあふれ出してきたんです」

 砂山さんはその後10年近く、母を含め暴力的な父と兄など家族全員に殺意を抱き、その葛藤と闘うことになる。

 さらに、女性のハダカのことで頭がいっぱいになったのもこの時期だった。

「交際するのは男の子でしたが、心が求める『肉体』は女性のもの。そういう本(アダルト雑誌)を買う勇気はなかったのですが、兄の部屋にあったのをこっそり見ていました。自分が興奮するのは、やはり女性の胸やあの部分で……」

 もしかしたらこういう気持ちは、多かれ少なかれどんな女性でも経験するのかも、と前置きをしつつも、砂山さんは当時のことをこう分析する。

「これは偏った考えかもしれませんが、機能不全の家庭で育った子は、自分の中の『女性性』や『男性性』を否定することで、セクシャルな面で混乱することもあるんじゃないかと思うんです。実は、自分の周りのLGBTの人で家庭環境に問題があった人も多いから。当然、生まれ持った気質という人もいるでしょうし、家庭環境との切り分けは難しいですけど」

 マジメで勉強もできる。ちょっと消極的だが一見大きな問題などあるようには見えない。そんな女子学生だった砂山さんだったが、心の中は足の踏み場もないほどに混乱していた。

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