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【アメリカ・ハワイ】派手な水着で眠る女性

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泳ぎたい。今年、どこにも行ってない。夏の間に夏っぽいことしたい。過ぎ行く8月に一抹の恨めしさを抱えて悶々としている人はきっと私だけではないだろう。昼休みのオフィスで、駅のホームで、コンビニのイートイン・コーナーで、忙しい大人たちが「海かプールにいきたいね」と交わすささやかな渇望は、なぜか時々、次のように締めくくられる。

――でも水着を着るなんてとても無理!

水着は下着とほぼ同じ形だ。日常的に下着を着用している人なら、物理的には問題なく「着られる」。にもかかわらず、水辺への逃避行は水着への抵抗感によって見送られることがある。

2年前の夏、私は弟の結婚式のためにハワイへ行った。

つつがなくセレモニーを終え、ひとしきり観光を済ませ、帰国する日の朝からの半日、ふと予定が空いてしまった。両親は「自分たちは疲れたから一人で遊んできなさい」と言う。「せっかくハワイなんだから、海で泳いできたら?」、そう言われて初めて、私は自分が水着を持って来ていないことに気づいた。

持ってきていないというか、日本にもない。大学を卒業して以来着ていない。友人をプールや海に誘っても太ったからちょっと……と断られることが増え、レジャーの候補に挙がらない年が増え、着用の際に必要となる気合いだけが増した気がする。

泳ぐという発想が一切なかった自分に愕然としながら、一人で散歩に出かけることにした。ハワイまで来て全く水に触れずに帰るというのも癪だ。足でも浸してこよう。

海は宿泊していたホテルのすぐ裏にあった。

スーパーマーケットや大小のホテル群の隙間を抜けるとにわかに道がざらつき始め、隠されていた砂浜がぱっとひらける。海に顔を向けた小屋がいくつも並び、カフェが早い営業を始めている。

波打際で一人でぱしゃぱしゃやっていると、カフェから盛り上がった笑い声が聞こえてきた。小屋の軒先に設置されたデッキで数人の男女が朝食を摂っている。

デッキは半分くらい砂に埋もれ、滑らかに浜と繋がる。適当に置かれた寝椅子に、グループの一員らしき女性が横たわっていた。

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彼女は眠っているらしく、談笑に参加していなかった。ものすごい蛍光色の、半透明の浮き輪が枕替わりだ。浮き輪は、今日は枕としての役目しか与えられていないのか、日焼けした髪と砂をさらさら弾く。日光浴を楽しむにはまだ日差しが若かった。浮き輪と同じくらい激しいオレンジ色の、ごくあっさりした形の水着が、自室で二度寝するときのように気軽に投げ出された彼女の腹を縁取っていた。

席が空いていなければ砂の上に寝そべればいいだけなので、誰も食事中の睡眠を咎めない。しかし彼女はおもむろに目覚めた。中断していた朝食を手探りで探し、グラスを干し、立ち上がる。友人たちと何か二、三言交わしているがよく聞こえない。

背中や尻をさっと払い、浮き輪に腕を通す。そしていよいよ海へーーーーー

向かわなかった。踵を返して彼女が進んだのは、市街地の方へ続く路地だった。

泳がないんかーーーい!

そんなに準備万端なのに。めちゃくちゃに目立つ装いなのに。寝て起きてベーコン・エッグ食べただけ?

心の中でツッコミ続ける私を残し、彼女は乾いた髪のまま帰っていった。

1800年代後半、水着はほぼ洋服と同じ形だった。袖があり、身頃があり、長いスカートがある。透けないことを重視した生地は重く動きづらかった。

1907年、水泳パフォーマーのアネット・ケラーマンが、アメリカはボストンのビーチで短い水着を着用し、逮捕された。上半身はタンクトップ型、下半身はショートパンツ型の、体にぴったりフィットしたワンピース型水着。腕と太腿を露出していることが罪に問われた。

それから約40年経った1946年、フランス人デザイナーのジャック・エイムが腹部を少し見えるツーピース型水着を「世界最小の水着」として発表。その2カ月後にフランス人エンジニアのルイ・レアールがさらに面積の小さい水着を世に出した。世界で最も露出の多い水着は、お披露目の4日前に行われた原爆実験の衝撃にちなんでビキニと名付けられた。

水着の存在意義が「身体を覆い隠すこと」から「水中での機能」に移行していく時代、彼らはセンセーションを求めて布を削っていった。

そして1964年、オーストリアからアメリカに渡ったデザイナー:ルディ・ガーンライヒ(またはガーンライク、またはガーンリック)が胸部を覆い隠さないトップレスの水着「モノキニ」を制作した。ガーンライヒは皮膚を最も美しい服と捉え、水着によって女性が性的なものとして扱われることから解放しようとしたのだ。

以前、プールへの誘いに難色を示した友人に温泉を提案したら二つ返事でOKだったことがある。「何で!? 温泉の方が体出てるじゃん!」と問い詰めたところ「温泉は一番の目的がリラクゼーションで、ダラダラするために行くものだから。水着はわざわざ着るという一手間があるでしょう。飾り立てたからには自信があるんだろうな、と思われるのがいや!」とのことだった。

「水着なんて着られない」という謂れなき不安に対して、ガーンライヒは「隠す部分をなくす=視線の存在を無効化する」アプローチをしたのかもしれない。

ハワイのビーチに寝そべる彼女はとてつもなく派手な水着を「着て」いた。そして温泉にいるみたいに思うさまダラダラしていた。彼女が眠っている間、水着は泳ぐためのものでも、見せるためのものでもなかった。パジャマのように優しく、全裸のように開放的なものであった。

彼女の後を追ってビーチを去る。同じ路地を通ったが、まばゆい蛍光オレンジと蛍光グリーンはもう跡形もなく消えていた。

関西国際空港へ到着し、インターネットに接続してすぐ、私は水着を新調したのだった。

はらだ有彩

関西出身。テキスト、テキスタイル、イラストレーションを作るテキストレーター。デモニッシュな女の子のためのファッションブランド《mon.you.moyo》代表。2018年5月、日本の民話に登場する女の子の心情に寄り添う本『日本のヤバい女の子』(柏書房)刊行。

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