東京医科大学の入試での女子差別が話題になっています。Huffpostに掲載された、全医学部の男女別の医学部医学科合格率の記事を見ると、入試における女子差別は東京医大以外でも行われていた可能性があるようです。
女子教育の問題を扱ってきたこの連載では、女性の大学進学率やSTEM系への進学率が低い原因と考えられる様々な要素に言及してきました。しかし、まさか入試の時点で差別が行われているということは全く想定しておらず、いくつかの記事でやや見当はずれの提言をしてしまったかもしれないと反省しています。
今回の入試差別の件を考える際には、日本の「ジェンダーと労働」の問題も考慮しておく必要があるでしょう。かつて日本で「ジェンダーと労働」といえば、M字型カーブに象徴される男女間の労働参加率の差が象徴的な問題でした。しかし現在は、そうした「労働の量」の問題は解消しつつあり、パートタイム労働や賃金、専門職・指導的立場などで見られる男女間格差といった「労働の質」へと問題がシフトしてきています。
すでに様々な媒体で指摘されているように、日本の女性医師の割合は、OECD諸国で最下位です。賃金が高く、女性割合の低い専門職の入り口で女子差別が行われたことは、「労働の質」が問題になってきている現在の状況を考えれば許されてはならない問題です。
では他の分野は「労働の質」がどれだけ確保されているのでしょうか? 男女間の賃金格差については以前「学校教育だけでは教育問題を解決できない。女子教育の促進を阻害する男女の賃金格差」で、日本が先進諸国の中でかなり酷い状況にあることをお話しました。こうした「ジェンダーと労働の質」の問題まだまだ広く認識されていないのではないかと危惧しています。そこで今回は、先ほどの女性医師のグラフを作成する際に活用したOECDのGender Portalにあるデータを用いて、専門職や指導的立場での日本の男女間格差がどの程度大きなものなのかご紹介したいと思います。
民間セクターにおける指導的立場の男女間格差
図2は、民間企業の管理職に就く人材の男女比(女性の管理職/男性の管理職)を表しています。1を上回れば女性の管理職の方が男性の管理職よりも多く、1を下回ればその分だけ女性の管理職の方が男性よりも少ないことを意味しています。
データのあるOECD諸国全てで値が1を下回っています。つまり全てのOECD諸国で管理職における男女間格差が存在し、男性の方が多くなっているわけです。問題はその“程度”です。アメリカや北欧諸国などでは男性の管理職が10人いたら、女性の管理職が6から7人程度はいるのに対し、日本と韓国ではそれが2人程度しかいないという状況です。
次に、大企業の役員に占める女性の比率を見ましょう。データのあるOECD諸国全ての国で女性の比率は50%を下回っており、管理職同様に男女間格差が全ての国で存在していることが分かります。しかし、繰り返しになりますが、問題はその程度です。スウェーデン・ノルウェー・フランスのように役員の35%以上は女性である国々がある一方で、やはり日本と韓国は5%にも満たない状況となっています。
これらのデータから分かるように、日本の民間企業での指導的立場おける男女間格差はOECD諸国の中でも韓国と並んで大きく、しかもその程度は群を抜いていると言えます。
公的セクターにおける指導的立場の男女間格差
次に公的セクターを見ていきましょう。図4は公務員の上級管理職に占める女性の割合を示しています。民間セクターと違って、アイスランドやラトビアなど、女性の比率が50%を超えている、すなわち女性の上級管理職者の方が男性よりも多い国々があります。また民間企業では管理職に占める女性の割合が30%を超えている国の方が少数派であったにもかかわらず、公的セクターではむしろ30%を超えている国々の方が多数派となっています。
では日本はどうかというと……むしろ民間セクターよりも状況は悪く、公務員の上級管理職に占める女性の割合は5%にも満たない状況です。
国会議員(下院、日本だと衆議院が該当する)に占める女性の割合も悲惨です。ここでも民間企業と同様に、全てのOECD諸国で比率が50%を下回っており、男女間格差が存在していることが分かります。その程度というと、過半数の国で国会議員の1/4以上は女性あるのに対し、日本の場合、女性の国会議員の割合は10%ほど。OECD諸国の中でも最も男女間格差があるのが日本なのです。
本来、公的セクターというのは民間セクター以上に差別や格差に敏感で、生産性を多少犠牲にしてでもそれを守りに行くため、民間セクターよりも指導的立場における男女間格差が少なくなっているものです。しかし、日本の公的セクターは民間セクター以上に男女間格差が深刻であるという特徴を持っています。
専門職における男女間格差
理系の専門職の代表格である医師における男女間格差は冒頭でも言及しました。では文系の専門職の代表格ともいえる法曹における男女間格差はどうでしょう? 図6はOECD諸国における女性裁判官の割合を示しています。
データのある過半数の国で男性の裁判官よりも、女性の裁判官の方が多いという状況になっています。しかし、日本の裁判官における女性の割合は20%程度と、データが存在するOECD諸国の中で最下位であるだけでなく、下から2番目に位置するアイスランドよりも30%程度(10%%)も低いという状況になっています。
最後に、現在アメリカの大学院で博士課程に在籍していて、修了後にひょっとしてひょっとすると日本のアカデミアに就職するかもしれない……という私の個人的興味関心から、高等教育機関における女性教員の割合を見させてください。
日本以外の国のデータは世界銀行のEdStatsが出典ですが、日本のデータが掲載されていなかったので、文部科学省の学校教員統計調査の高専・短大・大学のデータを合算させています。
図を見ると、高等教育機関における女性教員の割合は、大半の国が50%を下回っており、アカデミアもまだまだ男の世界であることが分かります。日本はその中でも群を抜いて女性教員の割合が少なく、女性教員の割合は4人に1人以下で、かつ下から二番目のギリシャよりも30%ほど低い値となっています。
医師・法曹・大学教員といった代表的な専門職においても、世界的に見てまだまだ男女間格差は存在しています。しかし、日本ではそういった男女間格差の程度が、OECD諸国の中で群を抜いているという特徴を持っています。どこもかしこも男女間格差が存在しているのが日本なわけです。
まとめ
以上のデータから分かるように、日本は男女間の賃金格差が先進諸国で最悪レベルであるだけでなく、官民問わず指導的立場に就く人材の男女間格差も、専門職における男女間格差も、ほぼ全ての指標で、先進諸国で最悪の状況になっています。
大学以前の日本の女子学生の学力は世界的に見てもトップクラスであることは連載の中で言及しました。それにもかかわらず、労働市場に出ると、全方位で全面的に酷い男女間格差に晒されるという現状の一旦は、今回の入試における女子差別に対する反応を見ていても感じ取ることができます。
「女性は体力が無いから医業の長時間労働に耐えられない」「女性は夜勤が出来ないから医業に向いていない」「女性は力が無いから力仕事が求められる医業には向いていない」。だから「入試における女子差別は必要悪だ」という意見は一定数見られました。
そもそも医学部の新設や定員拡大が、利益団体からの圧力によって絞られていると言われる状況から、医師の人数が抑制され長時間労働が必要となっている側面があります。しかし、利益団体がそのような働きかけができるのは、医療関係の利益団体が専業主婦の家事・育児・介護に支えられた男性の集団だからではないでしょうか? 女性の医師が多かったら、現状のように医学部の定員を絞るような圧力をかけて、長時間労働が必要な状況になっていなかったはずです。家事・育児・介護は女性がするものだという社会的慣習が無ければ、夜勤分担も性別を問わないものになっていたでしょう。確かにまだまだ力仕事の問題は完全には解決されていません。しかし男子の落ちこぼれ問題を扱った記事で言及したように、男子の落ちこぼれ問題は機械化などによって力仕事が必要とされる職が減った結果、起きたものでした。つまり技術の進歩によって医療における必要とされる腕力の程度もまた、減少していくとは考えられないでしょうか?
もちろん、女性差別や男女間格差は世界中のあらゆるところに存在しますし、個別の事例を見れば女性が優遇され過ぎているケースもあるかもしれません。しかし、日本はその経済発展度合いと比較して、男女間格差の程度が目に余る状況ではないでしょうか。全体の程度に大きな差がある状況で、個別のケースに過度に焦点を当ててどっちもどっちだと言うのは、パレスチナからの投石に対してイスラエルが空爆や経済封鎖を加える状況を、どっちもどっちだと言うのと同じ詭弁だと私は思います。「女性は~だから~できない」という呪いの言葉を吐く前に、先進国の中での日本の今の立ち位置から目を背けないことが必要です。そうでなければ日本は今後も、先進国の中で取り残されて行くことになるでしょう。