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本田圭佑も必読のカンボジア情勢、“一党独裁”フン・セン首相の息子がまるで“小泉進次郎”

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米ニューヨーク州ウェストポイントの陸軍士官学校卒業式に出席したフン・セン首相(写真前列左)とフン・マネット氏(同右)(1999年5月29日撮影)

 日本のプロサッカー選手、本田圭佑が代表監督に就任することでも話題となった東南アジアの国、カンボジア。同国について、日本の一般読者はどんなイメージをお持ちだろうか?

 世界遺産にも認定されたヒンドゥー教寺院の遺跡、アンコール・ワット。1970年に始まった長い紛争・内戦。1992年に国連主導の同国暫定統治機構のトップに就いた、明石康という日本人。あるいは、長く同国を主導し2012年に逝去したシハヌーク元国王。それともそうした固有名詞程度なら、少々知識のある読者であればご存じかもしれない。

 カンボジア国王には現在、先代シハヌークの息子であるノロドム・シハモニが2004年より在位しているが、現在、同国は立憲君主国。政治面のトップに長く“君臨”しているのが、内戦時代より活躍する現在67歳の政治家、フン・セン首相である。

 カンボジアの国家選挙管理委員会は8月15日、7月29日に投開票されたカンボジア総選挙(下院・定数125)で、フン・セン首相率いる与党・カンボジア人民党(CPP)が全議席を獲得したと発表した。人民党は今年2月に行われた上院選でも58ある改選議席のすべてを獲得しており、上下両院を完全に掌握したことになる。一切の反対勢力、野党はカンボジアの議会から完全に消え、フン・セン首相による実質的な“一党独裁”体制が確立された。

 フン・セン首相の在職期間もついに33年の長きに達し、自身が若き指導者だった頃、ひそかに目標にしていたというインドネシア開発独裁の雄・スハルト大統領の在位32年を優に超えた。67歳となった首相は二期、あと10年、首相を務めたいとしているが、最大野党「カンボジア救国党(CNRP)」も解党してしまった今、そんなフン・セン首相の野望を遮るものはない。

“後継者レース”のトップは長男

 そして、10年後には77歳となるフン・セン首相がいよいよ引退する時、5人いる彼の子どもたちの誰にカンボジアの未来を託すのかが、今、同国民の関心を集めている。その後継者レースのトップをひた走るのが、長男フン・マネット氏(40歳)だ。

 カンボジア人として初めて、米陸軍士官学校ウェストポイントで学んだ。その後はニューヨーク大学で経済学修士号を修め、英国のブリストル大学で経済学の博士号を取得した。

 帰国後、カンボジア王国軍に入ったフン・マネット氏は2013年6月には陸軍中将となる異例の出世を果たした。総選挙直前の7月初頭には、ティア・バン国防大臣が近くフン・マネット氏を四つ星の大将に昇進させることを公表している。

 カンボジア王国軍統合参謀次長として今年4月に来日した際は、安倍首相を表敬訪問したほか、河野外相、小野寺防衛相とも会談し、内外にカンボジアの次期リーダー候補の筆頭格であることを印象づけた。

 ひたすら職業軍人としての道を歩むフン・マネット氏。しかし、彼は軍人特有の相手を威圧するような素振りは見せない。筆者は2016年8月に、首都プノンペンでフン・マネット氏と対談したが、流暢でソフトな語り口の英語、洗練された立ち振る舞いはアメリカ東部のエリートを彷彿させた。一方的にまくしたてるように喋る父親のフン・セン首相と違い、いったんは人の話をじっくりと聞く。その後で、自分の意見をゆっくりと言葉を選びながら理路整然と話す。意識して父親とは正反対のイメージを演じようとしているのではといぶかってしまったほどだった。

 米陸軍士官学校で学んだことに加え、2012年11月にオバマ氏が米大統領として初めてカンボジアを訪問した際に警備担当の責任者を務めたこともあって、フン・マネット氏は米国側の受けもすこぶる良いのだ。

フン・マネット氏が首相になれば米国との和解も可能?

 元衆議院議員で、1992年の国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)の一員としてカンボジアの選挙支援に関わって以来、カンボジアの選挙を支援し続けた阪口直人氏(国際NGOインターバンド理事)は、フン・マネット氏を「後継者最有力候補」とした上で、「(マネット氏を)フン・セン首相に代わる改革のリーダーになり得るとし、フン・セン氏は着々と将来を見越した布石を打っている。ちゃんと“小泉進次郎”を育てている」と分析する。

 2017年9月、最大野党カンボジア救国党の党首ケム・ソカ氏を国家反逆罪で逮捕し、同年11月には同党を最高裁判所令で解党させ、その上で行われた今回の総選挙を米ホワイトハウスは、「自由でも公正でもなく、カンボジアの人々の民意を反映させることに失敗した」と激しく批判する声明を発表している。

 現時点では米国と決別した形となっているカンボジアだが、阪口氏は「仮に、長男のフン・マネット氏が将来、後継者の座に就いた場合、前任者である父親を批判し、前政権にはできなかった改革を実行すれば、人権に敏感な欧米諸国に対する“みそぎ”が済むと父子で考えているのでは」と大胆な予想を立てる。その場合、息子による父親批判も父子間で了承済みの上で行われる。フン・マネット氏は、父親を批判することで、内外に、独裁者的な色合いが濃かった父親とは違う、“改革派”としての自らのイメージを構築できるという寸法だ。

 しかし、欧米諸国を説得できたとしても、フン・セン首相率いる人民党がこれから5年後、10年後の総選挙でも国民の支持を得られるという確かな保証はない。

 1970年代後半のポル・ポト政権下の大量虐殺の影響で、カンボジアの平均年齢は24歳と極端に若い。30歳以下の人口は全体の約65%を占める。国連監視下で行われた1993年の最初の選挙から25年の歳月が流れ、若い世代には、ポル・ポト政権下の虐殺やその後も長く続いた内戦は歴史上の出来事に過ぎない。

 ゆえに、ポル・ポト政権を倒し内戦に終止符を打った、フン・セン首相をはじめとする与党・人民党が、自ら功績をアピールしたところで、この世代には響かない。逆に都市部の若年層は、権力と利権を集中させるフン・セン首相一族や長年にわたり同じメンバーが要職を占める与党人民党に批判的な目を向けている。

 フン・マネット氏は確かに好人物だ。「カンボジアのさらなる発展には人材育成が必要だ。経済的に厳しい制約もあるが、そのための投資を惜しんではならない」と熱心に説くマネット氏は、国の行く末を真剣に憂える若き指導者にすら見えてくる。だからこそ、マネット氏には健全な野党が存在する中での総選挙を経た上でこそ、首相の座に就いてもらいたい。でなければ、いくら米国がマネット氏にゴー・サインを出しても、単にカンボジアの小泉進次郎“もどき”で終わってしまうだろう。そして一方の米国には、自らが“お気に召した”人物だからといって、容易に指導者の座に据えるような過去の過ちを繰り返さないでほしいのである。

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ロボティア編集部

人工知能(AI)、ロボット、ドローン、IoT、ブロックチェーンなど、テクノロジー関連のニュースを配信する専門メディアを運営。国内外の最新技術動向やビジネス情報、カルチャー・生活情報なども各メディアに寄稿中。

サイト:ROBOTEER

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