甲子園はまだ終わりじゃない! 来年以降のために議論するべき酷暑対策

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 ただ、そもそも、甲子園で大会を行うというのは本当に「伝統」なのか? 「ドーム派」の八嶋智人は<甲子園100年の歴史のなかで、全部が甲子園で行われたわけではないですよね。そういう大会もあります>と指摘する。

 実は、甲子園球場以外で試合が行われた年がある。1958年の第40回記念大会や1963年の第45回の記念大会では、試合数を消化するために甲子園球場と併用して西宮球場を使用している。つまり、甲子園に出たが、西宮球場での試合に割り当てられ、そのまま敗北したため、甲子園球場の土は踏まずに帰ることになった学校もあるということなのである。そういった点を指摘しながら、八嶋智人はこのように主張する。

<だから、この先100年、良い伝統をさらにつくっていくなら、安全をとって、いまの甲子園の伝統と安全を両輪で前に進んでいくというのが、高校野球にとって一番良い>

 つまり、甲子園球場は昼の試合を止めてナイターのみにし、試合数消化のためにドームを併用するというやり方をとっても、すでに前例があるというわけだ。

 この指摘を受け、「甲子園派」のヨネスケも<僕ぐらいの年になると、甲子園出たけど、甲子園じゃなかったっていうのは自慢になるんですよ>と意見を覆すが、しかし、高校野球に関わる者にとって甲子園は夢の舞台。そう簡単に割り切れるものではないようだ。

 1963年に甲府商業高等学校で甲子園に出場し、3試合行うもすべて西宮球場での試合になり、甲子園球場には行けなかった堀内恒夫氏は、2018年8月1日付ニュースサイト「YOMIURI ONLINE」のインタビューで<球児にとって甲子園は夢。せっかく全国大会に行ったのに、マウンドに立てなかった。今でも投げたい。もう一度、野球をやり直せたら、甲子園で投げたいと思う。もちろん、高校生で>と悔しさを語っている。後に巨人に入団し、何度も甲子園で試合をしているのにも関わらずこのような思いを抱くほど、高校球児にとって甲子園は特別な場所なのであろう。

 『直撃LIVEグッディ!』のなかで、金村氏は<一番いいのは、甲子園を開閉型のドームにしましょう。甲子園は子どもたちにとっていつまでも憧れ>と語る。これも一つの案だろう。

 いずれにせよ、来年以降も全国高等学校野球選手権大会は酷暑のなかで行われることは間違いなく、現状のまま放置することはできない。まずは議論を続けることが必要だ。決勝戦は終わったが、まだ甲子園は終わっていない。

(倉野尾 実)

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