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『24時間テレビ』が「感動ポルノ」といわれてしまう理由

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 制作側としては、挑戦者にハンディキャップがある分、より困難を伴ったり、努力を求められることが予想され、健常者の挑戦よりも乗り越えるべき壁が高いため、視聴者へ与える感動も大きくなる……と踏んでいるのかもしれない。しかし、ハンディキャップへの正しい理解を広めようという目的も番組主旨のひとつであろうが、にもかかわらず、障害者による挑戦・努力であることをことさらに強調した企画は本末転倒ではないだろうか。

 出演者の頑張りに心打たれ、勇気づけられた視聴者のリアクションは、「障害者だってこんなに頑張っているのだから、私も頑張ろう」「障害者だってこんなに頑張っているのだから、お前も頑張れ」と、無意識に障害者を見下すようなものかもしれない。そして『24時間テレビ』に登場する障害者やその家族たちは、障害者を代表する存在というわけではない。すでに障害を受容し、生活基盤の整っている人々に限定して強いスポットライトを当てることで、逆にその周辺が暗く見えなくなりかねない。

 また、エンタメコンテンツとして消費する性質上当然なのかもしれないが、チャレンジ障害を受容できない葛藤であるとか、障害を障害たらしめる社会制度の不備、現存する偏見の解消などといったテーマに時間が割かれることはない。

 感動ポルノというのは、思いがけない感動ではなく、最初から約束された感動(難題に挑戦し、達成することで視聴者の感情を揺さぶる)を提供されているような、なんとも言えない気持ち悪さがある。チャリティー番組そのものがいけないわけではなく、障害者を挑戦や努力、勇気、感動のアイコンとして利用する姿勢をそろそろ見直すべき時ではないだろうか。

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