
公式HPより
劇場へ足を運んだ観客と演じ手だけが共有することができる、その場限りのエンターテインメント、舞台。まったく同じものは二度とはないからこそ、時に舞台では、ドラマや映画などの映像では踏み込めない大胆できわどい表現が可能です。
ひとは誰しも、自分の尊厳を守る権利を持っていますが、政治情勢や場所によりそれが必ずしも守られないことは、悲しい現実です。
なかでも性にかかわる暴力は、特に女性にとっては自身の命の危機と同じくらいつらいもの。加害者に対する復讐の機会を手にすることができたなら、そのときどんな行動をとるのか。どんな結果が引き起こされるのか。
このほど新宿の小劇場サンモールスタジオで上演された、チリの劇作家アリエル・ドーフマン作の「死と乙女」は、軍事政権の独裁政治から解放された後も、心に刻まれた傷に対する復讐の暗い執念と、何が真実かわからないなかで露呈される人間の闇を描いた心理サスペンス。
あの男が、私を。
演じ手にとっては、大いに力量を問われるむずかしい戯曲です。1991年に初演され、ローレンスオリビエ賞やトニー賞を受賞し、94年にはロマン・ポランスキーの監督によって同名の映画になっています。
舞台は、独裁政権が崩壊後の某国の、ある海辺の別荘。妻のポリーナ(朴璐美)は、学生運動に加わったことから治安警察により監禁、拷問された過去がトラウマになり、精神がやや不安定。夫のジェラルド(石橋徹郎)は新政府により、軍事政権下の人権侵害についての査問委員会へ起用が約束されており、国と未来のために意欲を燃やしていますが、暴行は委員会の裁判の対象外のため、怯え不安がる妻とすれ違っています。
ある夜、車がパンクしたジェラルドを通りがかりの親切な医師ロベルト(山路和弘)が別荘まで送ってくれます。ロベルトの声を聞いたポリーナは、彼こそが、シューベルトの弦楽四重奏曲『死と乙女』をかけながら何度も自身を拷問、強姦した男だと気づき、復讐を企てます。
「死と乙女」の上演が難しいのは、テーマの重さもさることながら、たった3人のみの出演者なのに、虚実が入り混り、なにが真実なのかがわからないことです。
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