深田恭子の水着写真集に「アラフォーなのになぜ脱ぐの?」という女性観

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 そういった声があるからこそ、深田恭子が水着で波に乗る写真集は今の世の中に必要なのだと思う。女性の体が表すものは、決して性的な意味だけではない。そもそも女体というだけで性的なモノ扱いされることは遺憾だ。年齢とともに肌の露出を控えるのが「当然」で、「若いうちが華」だという価値観も、露骨に他人を品定めするものである。

 何歳だろうと水着を着ていいのだし、どういう意味合いで着たっていい。それに対して何を期待するのもまた自由だが、「美しさの定義」「女性ってこういう感じ」「写真集はエッチなもの」といった様々な固定観念、偏見を覆していくためにも、これまで繰り返されパターン化している“水着写真集”とは異なる趣旨の作品が多く世に出されてほしい。

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