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『みんなで筋肉体操』の武田真治が筋トレを信じる理由

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 当時の心境を彼は<芸能界という正体のわからない、先の見えない場所で、自分がやることがいちいち受け入れられ支持されて、自分だけが別の惑星から来たかのように思い、自分は特別な存在なんじゃないかって気になっていました>(『優雅な肉体が最高の復讐である。』より。以下同)と振り返るが、このように「天狗」な思考のクセを身につけてしまった彼は周囲の助言にも耳を傾けることができず、どんどん負のスパイラルに落ち込んでいく。荒んだ生活によりまわりからは人が離れていき、ついには信頼していたマネージャーまで自分のもとを去ってしまった。

 当時の武田真治の体重は48〜49kg。筋肉量や体脂肪率の関係もあるので一概には言えないが、165cmの彼の適正体重は60kg前後であり、50kgにも満たない体重は健康的な身体とはとても言えない。当時の恋人から運動して健康な心身を取り戻すよう言われたこともあったそうなのだが、それもまともに聞き入れることはなかった。そして、自己弁護を繰り返すようになる。

<アーティスティックな友達の影響で退廃的な美学に憧れ、痩せ細る自分を肯定し、ストレスで神経をすり減らし、生意気にも「すべての人はその背景に関係なく共存すべきで、表現とは虐げられた不幸な人たちを救済するためだけにあるべきだ」と、何か信念すら持って生きていました。自分もアーティストだと思いたかったのでしょうか>

 そんな彼の崩壊はほどなくしてやってきた。26歳のときに顎関節症との診断を受ける。偏頭痛や腰痛や原因不明のイライラは顎関節症によってもたらされたものだったのである。

 彼が顎関節症を患ったのは、生活のなかでなにかあるごとに奥歯を噛み締めるクセがついていたから。かかりつけのクリニックでは、全身の凝りをほぐす鍼灸治療院を紹介され、そこで先生から顎だけに負担が集中しないように全身に筋肉をつけるよう指導されたのが運動を始めるきっかけだった。

 そこからは挫折の連続だった。鍼灸治療院の先生からはまず縄跳びで基礎的な体力を身につけるよう助言されるが、不規則な生活と運動不足で失われた体力は想像以上で10回も飛ぶことができない。

 それでも諦めなかった彼は縄跳びを続け、その後は東京体育館のジムに入会する。そこでも彼は悔しい思いを重ねる。有名人の彼はウェイトトレーニング中になにかと絡まれて筋トレ上級者に勝負を挑まれ、そのたびに敗北することになる(ベンチプレスのときに「めちゃイケ!」と叫びながらバーベルを上げる挑発的な体育会系の大学生もいたという)。

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