「自立を願う女はヒステリックになって自滅する」女性の社会進出を拒んだ月経と「ヒステリー」言説

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Thinkstock/Photo by leolintang

 日本で「女性犯罪」というカテゴリーが形づくられた大正時代、続く昭和と、女性被疑者に対する取調べや司法精神鑑定では月経が重視され、犯行が「月経中」であったり、「月経時のヒステリーによるもの」であったりすると、かなりの割合で斟酌されていた(月経が必ず問われた精神鑑定 女性被疑者に対する「騎士道精神」)。この場合の「ヒステリー」とは、どのような状態をさしていたのだろうか。

 当時、上流階級の女性たちを対象に、医師が「『ヒステリー』という病気」と題した講演を行っている(大正8年/1919年)。

 それによると、症状は「手足が勝手な運動をはじめる」「顔が引きつり斜視になる」「幻覚が起こり騒ぎ出す」「人が嫌がる匂いを好む」「不道徳なことをする」など、実に様々である。そのため、専門家でも「往々誤診」するとされ、脳膜炎の患者をヒステリーと誤診し、放置していたら死んでしまった例や、ヒステリーであるにも関わらず脳腫瘍と誤診されて手術されてしまった例などが挙げられている。

 手足の勝手な運動から不道徳な行為まで、まったく統一感のない症状は、従来、〈機能性身体症状〉〈精神症状〉〈ヒステリー性性格〉の三つに分類されていた。最近では、機能性身体症状は〈転換性障害〉、精神症状は〈解離性障害〉の中へ組み入れられ、〈ヒステリー性性格〉という概念だけが残ったが、これも〈演技性人格〉と言い換えられるようになった。

 ヒステリーの語源はギリシア語のhystera、つまり「子宮」である。医学の祖とされるヒポクラテスも哲学者プラトンも、ヒステリーは子宮が体内を転がりまわるために起こると考えていた。中国でも同様の症状をやはり子宮に起因する「婦人病」と考え、「臓躁」と呼んでいた。

 中世ヨーロッパでは、ヒステリーの症状は悪魔や魔女の仕業とされ、患者たちは魔術的治療の対象とされたり、「魔女狩り」の犠牲となった。また、「子宮遊走説」に基づいて子宮摘出も行われていた。

 17世紀に入るとヒステリーが子宮ではなく脳に起因していると考えられるようになり、19世紀後半になるとJ・Mシャルコー、P・ジャネ、J・ブロイアー、S・フロイトが相次いで新しい理論を提出した。

 女性史学者の荻野美穂によれば、19世紀のイギリスでは「職業をもって自立することや性的自由を願う女は、必ずやヒステリー患者となって自滅するとの予言が行われ」、女性たちの「ありとあらゆる身体的不調がヒステリーと結びつけられるようになったばかりでなく、病因を女の性格にもとめて、自己中心的でナルシスティックな『ヒステリック・ウーマン』像が強調されるようになった」(「女の解剖学‐近代的身体の成立」)という。

 日本でも、女性の社会進出を阻むためにヒステリーが持ち出されている。貴族院本会議で初めて女性参政権の必要性が主張された1919年に、「近代婦人頭脳の進歩」と題した講演を行った医師は、「婦人参政権」に反対し、その理由として「婦人独特と昔から言う持病の癪だとか『ヒステリー』」を挙げている。

 また別の医師は、初経期以降の女子が教育を受けることは「身体の為にも精神の為にも有害」であり、「先ず近眼、神経衰弱ないし『ヒステリー』、肺尖カタルと云うくらいの病気は普通のことで、性慾上の堕落、延ては自殺と云うような現象もこれから沸いてくる」と講演会で説いている。

 そして、ヒステリーを説く際、必ず持ち出されるのが月経だった。

 ある医師は、月経不調を等閑にしていた女性が「多少の感動を受けたために発狂」し「ヒステリイ」となった例を挙げ、またある医師は月経時には「胃液の分泌量が増加して殊に塩酸の過剰を来すため」に、「世間にしきりによくあるヒステリー」の症状が出ると説いている。

 さらに、「元来能力の足りないような者」がヒステリーに罹ると、「わずかの原因から烈しい感動を起して、その極、突然自殺をしたり、窃盗をしたり、放火をしたりするものがあります」というように、ヒステリーが犯罪の一因だと見なされていた。

 女性にしかない月経と、女性特有とされたヒステリーの相乗効果によって女性の精神変調は強調され、その極みとして犯罪、自殺との関連が主張されたのである。

 現在わたしたちはヒステリーをどう理解しているだろうか。

 もちろん、子宮が転がりまわるとは思っていないし、月経時に「感動を受けたために発狂」し、ヒステリーになった女性というのも聞いたことがない。つまり、ヒステリーを女性限定の症状とする根拠は何も残っていない。

 いまだにヒステリーを女性特有の疾患であるかのように扱い続けているのは、「命の母」の「効果・効能」に「ヒステリー」を掲げている小林製薬くらいだろうか。

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