政治・社会

保護者は「消費者」ではない。子どものためにも、保育園・幼稚園を一緒に育てていく視点を!/猪熊弘子×治部れんげ

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左:治部れんげさん、右:猪熊弘子さん

左:治部れんげさん、右:猪熊弘子さん

今年5月に刊行されたジャーナリストの猪熊弘子さんと弁護士の寺町東子さんの共著『子どもがすくすく育つ幼稚園・保育園』(内外出版社)は、子どもにとってよりよい幼児教育・保育施設を選ぶために、また上手に付き合っていくために、ぜひ手にとっていただきたい一冊。wezzyでは、著者のひとりである猪熊弘子さんとジャーナリストの治部れんげさんに対談をいただきました。

保育施設の選び方など身近な問題についてお話いただいた前編。後編では、望ましい保育のあり方を実現するために必要な、保育士さんの労働環境や無償化問題、保育の質などが主なトピックになっています。猪熊さんは、保護者も一緒になって幼稚園・保育園を育てていくことが大切だとお話になっています。その理由とは?

「赤ちゃんの事故死は仕方ない」はウソ

治部 本を読んでいて一番驚いたのは、事故や虐待死の話でした。まさかこんなことが世の中で起きているとは、と……。事故の中には、明らかに保育者や環境に問題があるのに、業務上過失致死であって殺人には問われていないものもあって、納得いきませんでした。

猪熊 絶対にあってはならないことですよね。内閣府は、赤ちゃんをうつ伏せにしないこと、預けられて30日以内に亡くなることが多い、といった注意喚起を出しています。小児科医の中には、預け始めの時期には赤ちゃんに慣れない環境でストレスが生じるからだ、と主張する人もいますが、私はそれは主な理由ではないと思っています。むしろ、赤ちゃんの「泣く」という行為をどう受け止めるかという問題だと思うのです。まったく知らないところに連れて来られて見知らぬ大人に預けられたら赤ちゃんは最初は泣くに当然決まっているじゃないですか。赤ちゃんが「泣く」というのは、赤ちゃんの「声」です。子どもの権利条約に照らしていえば、赤ちゃんの泣き声は、「意見表明」なんですね。その赤ちゃんが「泣く」ということをきちんと受け止められない保育者が、無理に静かにさせよう、寝かせようとして、うつ伏せに寝かせたり、さらには上から布団や毛布をかけたまま放置したり、別の部屋に入れてしまったりするから死んでしまうんです。睡眠中の事故死のほとんどは、泣いている赤ちゃんへの対応をきちんとしていなかった事例です。「手が空いていない」とか、プロの保育者とは思えない幼稚な理由で、泣いている赤ちゃんが別の部屋に入れられたり、放置されたりして命を落としているんです。

治部 ありえないですよね。泣いてたら抱っこしてトントンする、たとえ手があいてなくても見守るのが普通だと思います。

猪熊 いまでも、「赤ちゃんには乳幼児突然死症候群(SIDS)があるから、突然亡くなるのも仕方ない」って誤解している人が大勢います。でも、目の前でずっと見守っていた赤ちゃんが死んでしまいましたという事例は聞いたことがないです。

治部 要するに、放置していたから死んじゃってるんですよね。

猪熊 そうです。どんなことをやっても赤ちゃんは突然死んじゃうものなんだから、預けるほうが悪いんだ、みたいな論調には本当に腹が立ちます。お昼寝の時間に、きちんとタイマーをかけて呼吸チェックをしていれば、赤ちゃんの命は確実に守れます。中にはお昼寝中に具合が悪くなる子もいます。お昼寝中の熱性痙攣なども多いんですが、すぐに異常に気づいて手当をすれば大事に至らなくてすみます。でも、そういった今では当たり前のことに対応できていない園がまだたくさんあるんですよ。特に、なかなか昔からの習慣を変えられない様子が一部のベテランの先生の間にあります。「午睡(昼寝)のときは、顔が見えるように部屋を明るくしたまま寝かせてください」って、先生方への研修では必ず話しているんですけど、ときには超ベテランの先生から「明るいままで寝かせられるわけないでしょ」とか「そんなの保育じゃない」って言われたりこともあります。

治部 ベテランの先生になると、変わりにくいんでしょうか。

猪熊 そうですね、なかなか自分の保育を変えられない。でも、事故死があってからでは取り返しがつきません。「ひどい事故を起こせば子どもは集まらず、先生も集まりませんから、園は潰れます」ってはっきり言っています。

治部 うちの子達が通った公立保育園には部屋に「生きているか確認する」って紙が貼ってありました。こういう注意喚起は大事ですよね。シリアスな問題だってひと目でわかりますし。

猪熊 よく「保育施設より家でのほうがより多くの子どもが死んでいるんだから、園で子どもが亡くなるのは仕方がない」と言う意見を聞くんですが、そんなことはありません。じつは1歳児に限っては保育園のほうが亡くなっているそうなんです。いずれにせよ、子どもが亡くなるのは「仕方ないこと」で片付けないで、なんとしてもゼロにしなくてはいけないのです。私はちょうど次女が保育園に入れなかった頃、2001年から保育事故の取材をしていますが、それは「この亡くなったお子さんは、私の子どもだったかもしれない」という思いがあったからです。それから今までずっとそう思って取材してきました。みなさんにも、子どもの事故が起きたときは「自分の子どもだったかもしれない」って思ってほしい。

治部 おっしゃるとおりだと思います。

猪熊 待機児童で認可保育所に入れず、市から紹介された認可外施設で1歳のお子さんを亡くされたお母さんがいるんですね。その後、2人目のお子さんが生まれて、1歳になったときに認可保育園に入れたのですが、そのお母さんが喜ぶどころかすごく落ち込んで泣いていたんです。「同じ保育園っていっても、こんなに違うなんて知らなかった。上の子には、今、下の子がこの園でしているようなこんないい思いをさせてあげられなかった、かわいそうだった」って。涙をボロボロ流していて、見ていてとてもつらかった。そのことが私は今も忘れられないです。

治部 格差がすごいですよね。要するに人手をケチってるんですよ。

猪熊 規制緩和の影響が大きいです。この20年来、待機児童対策のためといって次々に基準を緩める規制緩和をしてきたけど、待機児は解消されない上に、事故まで起きているのが現実です。子どもの命を守るためにも、保育の規制緩和は絶対にやっちゃいけないことなんです。

治部 規制緩和の影響で事故や虐待死は増えているでしょうか?

猪熊 データとして増えているというエビデンスは出ていません。ただ、配置基準がきちんとしていればこの子は亡くならなかっただろう、という事故は少なくないです。

治部 あとひとり保育者がいたら防げただろうという事故はたくさんありますよね。

猪熊 そうなんです。防げる事故が多いんです。死亡事故以外に、私は保育施設での大きなケガの分析をしているんですが、治療に一ヶ月以上かかるような大けがは、特に一人の先生が見ているときによく起きています。一人の先生が20人以上の子どもをみているような時ですね。日本の最低基準には合致していますが、そもそも日本の4,5歳児30人に先生1人、幼稚園の35人に先生1人なんて、世界の先進国の中でた飛び抜けて最低最悪の基準なんですよ。

治部 そんな人数を一人でみるなんて不可能だと思います。そもそも制度に無理がありますよ。

保育者を低遇する園は潰れていく

猪熊 保育士や幼稚園の先生など、保育者の待遇も考えないといけません。日本は、幼稚園やこども園、保育園の中でも、学校教育法や子ども・子育て支援法など、根拠となっている法律、そして財源が違っているので、先生たちの待遇も異なりますが、一様に全産業平均よりもずっと給与が低く、特に保育園では「仕事時間=子どもを保育している時間」ですから、それ以外の書類を書くような時間は必然的に残業になってしまい、激務なんです。

治部 保育園も幼稚園も非常勤の先生の待遇は大問題ですよね。ほとんど奉仕の精神に頼っているみたいなものです。学生のアルバイトでも、時給1000円くらいもらえるところもあるのに、大切な子どもの命を預かっている先生が……。

猪熊 時給1000円もいかない園もありますよね。最低賃金レベルですよ。

治部 そうそう。あとで無償化の話もすることになると思いますが、保育士さんの賃金の問題も解決しないと駄目です。

猪熊 日本の保育では、「環境による保育」を行うとされています。環境の中でも一番大切なのは人です。人が良くなければ子どもたちの環境は悪くなっていきます。保育者の労働環境や収入は、子どもたちにダイレクトに関係するんですよ。ですから、私は保育士さんを養成する学校で教えるとき、「みんなも環境のうちなんだよ。いい保育士さんじゃないと環境も悪くなるんだよ」という話を前提としてするようにしています。ときどき、保育者の労働環境を上げるための署名運動に対して、「先生の労働環境をよくするための活動などしたくない」っていう意見が保護者から出ることがあるんですけど、本当は大切な子どものために保育者の労働環境をよくすることが大事なんです。

治部 「従業員満足度は顧客満足度に影響する」って言われています。それと同じで、保育者の待遇が良くなることは保護者や子どもにとってもいいことのはずなんです。大切なのは、「保護者は消費者じゃない」という意識を持つこと。保育料を払っているんだからサービスを受けて当然って思っている人が多いですけど、そもそも税金ががっつり入ってますし、相対的に低い賃金の中で、献身的に働いてくれる保育者がいるからこそ成り立っている産業でもある。「払ったお金で受けているサービスではない」って意識をもつほうがいいと思うんです。そこが欠けていると、子どもが置かれている環境を悪くしかねない。

猪熊 アメリカの保育に関する論文では、コンシューマー(消費者)って言葉が使われています。消費者であるという意識を持つのもわからなくはないんだけど、単純に「消費する」という意味で、そういう意識を持ってほしくないですよね。治部さんがおっしゃった通り、私たち保護者が支払う保育料の何十倍もの税金が使われているわけですし、2015年の「子ども・子育て支援新制度」以降、消費税を財源とすることで、保育や育児支援は「社会保障」に設定されました。お互い様の中でやっているのに、そこを支えている人の収入が安いというのは大問題です。

治部 そこをきちんと意識していなくて、「お客様」という意識を持ってしまうと、いわゆるクレーマーになっちゃうかもしれないですよね。もちろん何かあったとき、園に意見を冷静に伝えることは必要で大切なことですしクレーマーではありませんが、無理難題を押し付けないでほしいです。

猪熊 クレーマーって本当にたくさんいるんですよ。ただ、クレーマーになってしまう人は、その人自身が何かに困っている可能性も高いと思います。優しい先生方だから自分の話しを聞いてもらえる、という思いもあるんじゃないでしょうか。私はよく先生たちに「困った親は困っているんですよ。困った子どもも困っているんです」って話をしています。

治部 そこなんですけど、何らかの困りごとを抱えているとしたら、その支援は園だけでやるのではなくて、別の支援を用意すべきではないんでしょうか。

猪熊 2018年に改定された新しい「保育所保育指針」では、従来の「保護者支援」が「子育て支援」に変わりました。園の保護者だけでなく、地域も含めた子育て支援を掲げられました。そういった園のクレーマー対応はもちろん、それ以外の地域の子育て支援もやらないといけない、というわけです。保育士さんはこれまでも十分大変だったのに、支援の対象はさらにひろがってるんですね。

治部 それなのに本当に申し訳なくなるくらいお給料が安いですよね。倍にしてもいいくらいでしょう。いまだにタイムカードがないようなところもありますし、たとえあったとしてもサービス残業が当たり前だったり。

猪熊 中にはときどき、園の保育者に理事長の車を洗わせるような、「うちの園で雇っている人」みたいな扱いをする園もありますからね。保育者の処遇は制度的にも徐々に改善されてますけど、保育者への対応がきちんとしていない園は今後潰れていくと思いますよ。

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