政治・社会

りゅうちぇるのタトゥーは、何のタブーに触れたのか? 沖縄とタトゥーの歴史

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針突の歴史

 さらに、深読みすると、りゅうちぇるさんの発言には、沖縄ならではの歴史や感性がかいまみえる。奄美諸島以南の南西諸島には、20世紀初めまで針突(ハジチ)と呼ばれる女性が手にイレズミを入れる習慣があった。島によって呼び名や施術範囲は異なったが、女性たちは早い7歳ごろから、主には13歳から25歳ごろに、手の甲から指先から肘下にかけてイレズミを入れる習慣があった。成長や初潮、結婚の印、女性の身を守るため、厄払い、あの世へのパスポートなど、その理由はさまざまに語られている。当時は女性を美しくするものと考えられ、白い手に映える水草の青と歌われた針突はあこがれの的であった。

 ただし、筆者が最後の記録を残すために赴いた1990年代初めの沖縄では、針突はすでに遠い記憶であった。筆者に対し、中年以上の男性たちは、「あんな汚いもの、どうして調べるのか」と口々に言った。その発言にはやりきれなかったけれど、針突が野蛮なものとして扱われ、抑圧された過去がもたらした傷の深さを感じた。

 戦前の沖縄では、針突をしないよう教育や警察を通じて指導されていた。針突のある女性たちと施術師は取り締まりを受けて逮捕されていた。女性たちは薬品や切除で除去したほか、針突を理由に離婚させられたこともあった。針突は女性たちの文化であったため、「ヤマト」に同化しようとする知識人男性たちは、針突を「野蛮なもの」だとして切り捨てた。

 ある文化で伝統とされる事柄には、肯定的に語られる物事とそうでない扱いをされるものがある。針突は後者で、現在の沖縄では隠しこそされていないが、次世代に伝えるべき伝統とは扱われていない。90年代初頭、手を尽くして探したものの施術を受けた女性たちはほぼ他界していた。それもあって、当時40代の人々でも「おばあさんになったら、あんな手になると思っていた」と語る人もあった。針突はそれほど忘れ去られた文化であった。

 だからこそ、りゅうちぇるさんが自らや家族のイレズミ・タトゥーについてくったくなく語る姿に、沖縄男性の新世代誕生を感じた。

失われた文化の再生

 りゅうちぇるさんと同じく芸能界にいて、タトゥーで家族への想いを表現したのは今年40歳の安室奈美恵さんだ。沖縄出身の彼女が、19歳ごろの手首に入れたバーコードタトゥーを皮切りに、息子さんの名前とお母さんの命日を腕に入れたことは、よく知られている。ただし、引退を前にした「最後のDVD」のテレビCMでは、腕のタトゥーはみえない。安室さん自身がこの事情を語っていないので理由はわからないが、安室さんのタトゥーの理由もりゅうちぇるさんと同じだ。しかし安室さんのタトゥーに対しては、りゅうちぇるさんのような批判は出ていない。

 この現象は、ミュージシャンやアーティストならタトゥーはOKだけど、バラエティータレントはNGという芸能界の区分が反映している可能性がある。芸能界におけるタトゥーの扱い、ひょっとしたら事務所の力関係に関わる矛盾なのだろう。

 二人の感覚を理解するための補助線としては、明治維新150年を迎えた今年、放送中のドラマが挙げられる。西郷隆盛の生涯をたどるNHK大河ドラマの「西郷どん」(原作は林真理子)だ。私が知るかぎり、「西郷どん」は、沖縄中心に上演された北島角子さんのひとり芝居「針突」(作:上原直彦)に次いで、針突を正面から取り上げたテレビドラマとなる。

 ドラマでは、針突は次のように描かれる。奄美大島に流された西郷隆盛が出会う女性「とぅま」には、右手に針突があった。当初は針突をきたないものと見た西郷だが、二人は結ばれることになる。結婚後、とぅまは愛加那と名前が変わり、左手に針突を入れるシーンも挿入される。針突の理由を愛加那は「旦那様を守るもの」と語る。

 りゅうちぇるさんが、妻と子を守るものとしてタトゥーをとらえていることは、150年前の沖縄の人々の感覚を体現していて興味深い。安室奈美恵さんに続き、りゅうちぇるさんは、沖縄や奄美の歴史と文化を、図らずも現代日本社会に再生させたといえる。

家族だと、「ダメ、ゼッタイ」

 2014年に関東弁護士連合会がイレズミ・タトゥーに関して、20代から60代までの男女1000名を対象に無作為アンケートを取ったところ、興味深い傾向があらわれた(詳しくは拙著の『イレズミと日本人』ほかで確認してほしい)。この調査では、1.6%の人がイレズミ・タトゥーをしていると返答している一方で、イレズミ・タトゥーを入れることを85.7%の人々が全く希望していなかった。そして、イレズミ・タトゥーのある芸能人やスポーツ選手、外国人に関しては、まあ許容できるが、公務員、友人、会社の同僚、家族の順に「入れるのは許せない」と回答する率が高くなる。

 つまり、他人であれば受け入れられるのだが、関係が近くなるほど「ダメ、ゼッタイ」になる。この傾向は、美容整形の調査でも同様で、子どもや家族、友人のイレズミ・タトゥーに反対するのが愛情表現との信念が強いと解釈できる。

 りゅうちぇるさんの場合は、このタブーに触れたのだろう。日本では、芸能人ならタトゥーは大らかに受け止められるのだが、家族愛というファクターが入ってしまうととたんに厳しくなる。現実には、家族愛をイレズミ・タトゥーで表現する人も一定数いて、お父さんの図柄は、りゅうちぇるさんの本名の「龍二」からとの話もあるのだが。

「温泉タトゥー」問題と同じ構造

 折しも、東京オリンピックがある2020年に向けて、温泉やほかの施設での「イレズミ・タトゥーお断り」がみられる。外国人観光客がこれまで以上に増加することが期待されている今、「一律のお断り」対応でよいのかが問われている。「タトゥーを公表で、広告や番組に起用することを控える動きがある」というネット記事もすでにあるが、今回の公表をめぐる騒動は、結局「温泉タトゥー」問題と同じ図式である。イレズミ・タトゥーが多様な理由から入れられており、欧米の成人では2割程度の人々にある普及の度合いなどに目を向けずに、イメージだけで判断しているのだ。

 意外だろうが、バラエティー番組に出ているタレントで、タトゥーを公表したのは、筆者の知る限り、りゅうちぇるさんがはじめてのケースだ。タトゥーがあっても利用できる温浴施設や海水浴場などをまとめたサイト「タトゥーフレンドリー」を開設している川崎美穂さんは、りゅうちぇるさんのカミングアウトを受けて、「今年がタトゥーゼロ年」と表現した。

 イレズミ・タトゥーに関して、知られていないことは多い。例えば、ティーンがりゅうちぇるさん式の愛情表現に憧れても、ほとんどの都道府県に18歳未満の客への施術を禁じる青少年健全育成条例があり、歯止めがかかっている。彫師さん側も、身分証を確認するなどして、18歳未満の客は断っている。この騒動が、歴史や文化、タトゥーを入れる人々への理解を深める手がかりとなるとよいだろう。

参考文献
國澤博司編著2017『番外地劇画 凡天太郎の魅力』凡天劇画会
山本芳美2005『イレズミの世界』河出書房新社
2016『イレズミと日本人』平凡社

山本芳美
1968年生。都留文科大学文学部比較文化学科教授。文化人類学者。専門はイレズミ研究・化粧文化研究。大学在学中よりイレズミをはじめとする身体加工の研究を開始し、現在にいたる。主なフィールドは沖縄と台湾。著書に『イレズミの世界』(2005年、河出書房新社)、『靴づくりの文化史』(稲川實との共著、2011年、現代書館)、『イレズミと日本人』(2016年、平凡社新書)ほか。2019年3月30日に、温泉タトゥー問題を検討する国際シンポジウムを東京で開催予定。

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