最上と丹野が会話するシーンでは、「民主主義は壊されようとしている」や「奴らは太平洋戦争を正当化しようとしている」といった現在の日本社会を覆う戦前回帰の傾向を憂慮する意見が交わされる。
また、丹野が宿泊するビジネスホテルから妻に電話をし、その直後に当てつけのように飛び降り自殺を決行するシーンでは「いまお前の友だちが経営するホテルにいる。お前たちの頭のなかのようにおぞましい部屋だ」といった会話が交わされる。このビジネスホテルが、南京大虐殺を否定し歴史修正主義を喧伝する内容の『理論近現代史 本当の日本の歴史』(扶桑社)をグループ代表である元谷外志雄氏(ペンネームは藤誠志)が出版し、各部屋に常備していることで問題となったアパホテルをモチーフにしていることは明白だ。
そして、もうひとつは「インパール作戦」に関する描写である。
最上の祖父はインパール作戦から奇跡的に生還した経歴をもっており、そのときの経験を小説にした本はベストセラーとなっている。最上自身も祖父の経験や思いを後世に語り継ごうという強い決意を抱いており、闇社会のブローカーで最上の手となり足となり法律を逸脱した汚い仕事を行う諏訪部利成(松重豊)との強い結びつきにもインパール作戦が深く関わっている。
この部分は、メインストーリーである各々の殺人事件とも関係ないし、法律の範囲から逸脱までして松倉を罰しようとする最上の暴走とも関係がない。
現代社会に関する風刺の要素はストーリーを複雑化させわかりにくいものにしている。政治的なメッセージが加わったことで、「悪人に対して法律の枠外で罰を与える行為は正義と言えるのか?」という物語の主題にもブレが見られ、観客は賛否両論の声に沸いている。
「キネマ旬報」(キネマ旬報社)2018年9月上旬号掲載の映画評のなかで、映画評論家の上島春彦氏は<これだけ話がずさんだとさすがに厳しい評価となる。過去に囚われる人物像というのは映画的なものだが、この主人公には実際のところそうあらねばならない理由がない。彼の固執の意味をわざわざ太平洋戦争の傷跡にまで持ってこようとするのも、かえって言い訳めいた印象だ>と評しているが、これと同じ感想を抱いた観客も少なくなかっただろう。