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わたしは「できそこない」? 虐待された女の子が自信をつかむまで

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助けてくれたのは、ネットの仲間と編集者という仕事

――サバイバーは、恋愛や結婚を含めた対人関係で苦労します。だから匿名のブログやネット上のコミュニティでうっぷんを晴らしたり、虐待の思い出を綴ったりする人も多いわけですが……。その過程で当人なりの気づきを得て、自信を取り戻したり、親との関係を再構築したりするケースも多いですよね。

 うんうん、それはあると思いますよ。今はもう閉鎖されちゃってますが、わたしも30代半ばごろから「家族という名の強制収容所」というサイトにとてもお世話になっていました。そこのBBS(掲示板)でサバイバー仲間ができて、徐々にリアル(対面)でも会うようになりました。ただ、合わせたら10人ぐらいいましたけど、交友関係が続く人は少なかったですね。

――それでもサバイバー仲間との交流を通して、自分の抱えている生きづらさが、「すべて自分のせい」ではなく過去の環境によるものだと気づいたんですね?

 はい、そんな感じです。インナーチャイルドセラピー(記憶の中で、子ども時代の傷ついた自分と対話する精神治療)とか、自己啓発のセミナーなんかも行くようになって、ある程度は虐待を受けた過去と親のことを客観的に見られるようになりました。

わたしは「できそこない」? 虐待された女の子が自信をつかむまでの画像2

イラスト/帆南ふうこ

 セミナーで近づいてきた男性と「体験」も済ませたんです。30代の終わりに、ギリギリ滑り込みで。アハハ。まぁー、悪くはなかったですよね。妻子のいる人ですぐ別れてしまいましたが、向こうはセックスレスだと言っていましたし、こっちは結婚願望も子育て願望もない。お互い「利害の一致」ってことで、それでいいかと。

――その辺の解釈は当人たちにしかわからないことだと思いますが……、わたしも不倫経験者なので思い当たる節はあります。ともかく、メグさんは「自分はできそこないかも」という不安要素を1つずつクリアしていった感じなんですね。

 結果的にそうなりましたね。

――もうすぐ50歳。今の生活は楽しいですか?

 はい。編集者の仕事に就けたことも大きいかもしれません。最近では脳科学や整体の書籍を手がけているのですが、毎回新しい世界にふれられるのが刺激的なんです。子どものころから本が友だちだったし、言葉にこだわるのも向いているみたいです。

 20〜30代はずっと作曲家とか音楽のプロを目指していましたが、よく考えたら「心からやりたくて」というより「親への反抗」だったんですよね。それまではずっと逃げてきたけど、初めて素直な喜びから選んだ仕事で、しかも小さな成功体験を積み重ねることができた。今は「自分の気持ちに素直になれる」状態に自信が持てるようになって、「わたしは100点!」って言えるようになりました。

――いいなぁ~(思わず)。大げさかもしれませんが、「自信」を持つということは、自己認識の根っこに「虐げられる」イメージが張り付いてしまったサバイバーの悲願かもしれません。40年以上の歳月は長かったと思いますが、本当におめでとうございます。

 あ、ありがとうございます。どうしよう、話していたらウルっときてしまった……。

――いい話が聞けて、わたしもうれしいです。で、親との関係は、今どうですか?

 許す――というのとは違いますが、なんせ向こうが老いて弱っちゃいましたからねぇ。憎いという気持ちは薄れました。父は一昨年前、誤嚥性肺炎が元で亡くなりました。80歳でした。最後の3カ月は病院にお見舞いに行ってたんですが、父はもうすっかり素直になっちゃって。わたしとしては、小さい子どもに「もう仕方ないなぁ」と思うような気持ちで、“生温かく”見守っていました。

 母の方は……「きっとこの人は人格障害だから仕方ない」と思いつつも、まだ引っかかりを感じるときはあるかな。そういう日は、ネットの掲示板とかで怒りをぶつけてちゃんと発散してますよ(笑)。

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 今年の7月、同じ虐待の経験を持つ知人と「自尊心に問題を抱えた女性たちのための」自助グループを立ち上げたというメグさん。しばらくは会員制のチャットなどを通じて、苦しんでいる人たちと何ができるかを探っていくそうだ。

 一度ついた傷は、おそらく消えない。かさぶたの痕跡は一生残るだろう。だが、「血が止まらない」と苦しむ後輩へ手を差しのべ、未来を考えることで、互いの傷を薄めていくことはできるのかもしれない。メグさんは、やっと自由な人生をつかみ取ったばかりだ。

(文/帆南ふうこ)

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