
”代表監督”就任を発表した記者会見で、カンボジア・サッカー連盟のサオ・ソカー会長と握手を交わす本田圭佑選手(提供:小市琢磨)
2018年8月16日に発表された最新のFIFA(国際サッカー連盟)の世界ランキングで、カンボジアは166位だった。もちろん、2018年、ロシアで開催されたワールドカップも含め、これまでW杯本選に出場したことはない。
それでも今回のW杯では、マカオ代表を1勝1分けで退けて2次予選への進出を果たした。しかし最終予選進出をかけて戦った2次予選では、日本を含むシリア、アフガニスタン、シンガポールと戦い8戦全敗。1得点に対して失点27と、散々たる結果に終わった。
極端に弱いそのサッカーカンボジアの実質的な“代表監督”に、あの本田圭佑が就任した。「火中の栗を拾う」如くの本田の決断を、カンボジアの市井の人々はおおむね歓迎しているという。しかし、実際のところはどうなのだろうか? プノンペンからの報告も織り交ぜながら、現地カンボジアの実情を紹介する。
突然の“代表監督就任”発表 選手兼代表監督の“二刀流”
本田圭佑選手は8月12日、カンボジアの首都プノンペンでカンボジア・サッカー連盟(FFC)の幹部らと共に記者会見に臨み、サッカーカンボジアの「実質的な」代表監督兼GM(ゼネラルマネージャー)になると発表した。肩書きは「Head of delegation」で、契約期間は2年の無償ボランティア。FCCはオーストラリアとカンボジア間の航空賃、カンボジア滞在中のホテル代、食費、空港への送迎のみを受け持つ。
本田圭佑は今夏、オーストラリアの強豪メルボルン・ビクトリーへ移籍しており、現役の選手を続けながら、代表監督を務める。MLBロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手ばりの“二刀流”の選択は世界的に見てもきわめて珍しく、現地カンボジアでも話題を呼んでいる。
本田選手は会見で「選手と代表監督の両立が可能か」と問われると、「こういった形の契約は世界のどこを見ても初めてだと思う。普通でないやり方を受け入れてくれたことに感謝している」とFCCに対し謝辞を述べると、今後の目標として「カンボジアのサッカーのスタイルの確立」と「サッカー以外のカンボジアの魅力を世界にアピールする」の2つを挙げた。
W杯本選出場はまだまだ先の夢として、2023年にカンボジアが初めて主催国となるSEA Games(東南アジア競技大会)において、「ぜひ東南アジアNo.1のチャンピオンになってほしい」という声は高まっており、本田監督に対する現地の期待は高い。次のような歓迎の声も聞こえてくる。
ウーン・ピィセート(39歳、男性、カンダル州)
「日本は1993年の国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)による選挙から今日までずっと、カンボジアへの最大の支援国であり続けた。本田圭佑選手のようなプロサッカー選手がカンボジアの選手を鍛え、指導してくれることはカンボジアにとってもとても名誉なことだ。日本のサッカーチームはアジアでも強い。カンボジアの選手にとり、高いレベルの日本のプロサッカーを学ぶことができる、またとない機会だ。今回の本田選手の代表監督就任に象徴される日本の支援が両国の絆をさらに強く結んでくれることに期待したい」
ジー・ワンナー(38歳、女性、ココン州)
「世界中に知られている有名な本田圭佑のような日本のサッカー選手がカンボジアの代表監督に就任してくれることはとてもうれしく、感謝しております。これからのカンボジアの子どもたちおよび選手は、本田代表監督に貴重な技術、技をしっかりと学び、強くなってほしい。本田選手のカンボジア社会に対しての心遣い、ボランティア精神に心からの敬意を表します。どうかカンボジアの選手が将来、本田選手のような立派なプロサッカーになるよう、期待しております」
リーム・サッター (38歳、女性、プノンペン市)
「サッカーを熱心に探求し、志が高い本田選手がカンボジア代表チームの監督として就任することを聞いて、とても感動しています。文化と環境が日本と異なっているカンボジアで活動されることで大変なご苦労をされると思いますが、カンボジアの若者を含めてサッカー選手が本田選手のように強くなることを期待しています。本田選手、カンボジアのサッカー選手をどうかよろしくお願い申し上げます」
カンボジア“要注意人物”親族と地元プロサッカーチームを共同経営
カンボジアを挙げて、本田選手の監督就任が歓迎される一方で、本田選手とフン・セン首相率いる現政権との“距離感”を懸念する声もある。
本田選手は2015年11月に、ロシアW杯2次予選でカンボジアを訪れたことがきっかけで、現在、アンコール遺跡群のお膝元、シエムレアプを本拠地とするカンボジア1部リーグ「ソルティーロ・アンコールFC」を、カンボジア・サッカー連盟のサオ・ソカー会長の親族と共同経営している。
当のソカー氏だが、カンボジア・サッカー連盟(FFC)の肩書きは表向きの名誉職のひとつにすぎず、その真の姿はカンボジア王国軍副司令官兼国家憲兵隊司令官だ。四つ星の大将で、フン・セン首相にも近い。
米下院が7月に可決した「カンボジアでの自由で公正な選挙、政治的自由、人権を促進し、フン・セン及びその側近に制裁を課すためのカンボジア民主主義法」においては、入国禁止や資産凍結対象として名指しされている人物のひとりでもある。
8月12日に行われた本田選手の記者会見にも、ソカー氏は同国のサッカー連盟会長として同席しており、一部、プノンペン市民からは「カンボジアのサッカーを強くするために無報酬で来てくれた本田選手が利用されている」「フン・セン首相率いる与党・カンボジア人民党(CPP)の広告塔に使われる」などと懸念する声も漏れ聞こえ始めている。
1 2