『SUNNY 強い気持ち・強い愛』が大コケしたあまりにもわかりやすい理由

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 広瀬すずを責め立てようという考えで彼女の発言を引用したわけではない。『SUNNY 強い気持ち・強い愛』という映画が物語を通して伝えようとするメッセージが、まさにこういったものだからだ。

 コギャルたちのパワーはすごかった、それに引き換え最近の若者は──。実際、現在の奈美と裕子(小池栄子・野田美桜)がファミレスでお茶をする場面で「最近の女子高生って大人しいよね」「私の娘も家ではスマホばかりいじっていて何を考えているかわからない」「それに引き換え、私たちってうるさかったよね。バカみたいに笑ってさ」といったセリフが登場する。

 ただ、本当にかつてコギャルたちがもっていたようなパワーをいまの若者はもっていないのか?

 そんなことはないだろう。SNSを巧みに使いこなし、様々なチャンネルで自己表現する彼らは、多種多様な分野で新たな価値を生み出し続けている。

 また、交流範囲もせいぜい「同じ学校」「同じ地元」くらいだったコギャルの時代に比べて大きく広がり、ツイッターやインスタグラムを通じて海外の友人をつくり、そこから新たな文化を学んだり、情報を交換し合うといったことも、さほど特別なことでもなくなっている。

 コギャル時代に比べて価値観の多様化がより一層進んでいるから、メディアがこぞって取り上げるような大きな流れにはなりにくいだけで、こういった若者を「パワーがない」と断言してしまうことは、単なる「年長者の繰り言」以外なにものでもないのではないだろうか。

 『SUNNY 強い気持ち・強い愛』での女優陣の演技は素晴らしい。女子高生時代「SUNNY」チームの無軌道なまでの勢いは瑞々しいし、現在の「SUNNY」チームが表現する、人生のままならなさと悔しさを噛み締めながらそれでも前を向こうとする凛とした佇まいは観客に元気を与える。

 ただ、あまりにもノスタルジアに耽溺してしまったこと、そして、結果的に現在の若者を腐すようなメッセージを発信する映画になってしまったことは、この映画を「昔を懐かしみたい」観客を慰撫するだけの作品に堕してしまうことを意味し、せっかくの「コギャルたちが1990年代に成し遂げた革命」を通じて女性たちのパワーを賛美するという主題も十分に伝わらないものになってしまったのではないだろうか。

(倉野尾 実)

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