
2チーム制で上演された「宝塚BOYS」!
劇場へ足を運んだ観客と演じ手だけが共有することができる、その場限りのエンターテインメント、舞台。まったく同じものは二度とはないからこそ、時に舞台では、ドラマや映画などの映像では踏み込めない大胆できわどい表現が可能です。
職場における男女の差別を禁止する男女雇用機会均等法の施行から30年余り。実現できているかはさておき、理念としては社会に浸透しているはずのその枠組みを厳然と拒絶し「男であること」「女であること」がその職業に就く大前提であるのが、歌舞伎と宝塚です。どちらも性別を超えて演じる姿が最大の魅力である以上、どんなに焦がれ努力をしても、その性でなくては、舞台に立つことは叶いません。しかしかつて宝塚では、男性と女性が舞台で共演する国民的な娯楽――現代のミュージカルを目指そうと「男子部」の設立が試みられたことがありました。
先日まで上演されていた舞台「宝塚BOYS」は、第二次世界大戦の終戦直後に実在した、その宝塚男子部を描いた群像劇。生き残った命と戦争で奪われた青春を、美しいものや楽しいものに捧げたいと奮闘し、けれど夢叶わなかった青年たちの物語です。
第二次世界大戦が終結した1945年。宝塚歌劇団の創始者、小林一三(いちぞう)のもとに、宝塚歌劇団へ男子の加入を求める1通の手紙が届きます。差出人は、特攻基地からの帰還兵、上原金蔵。小林もかねて宝塚を男子も含めた本格的な国民劇にしたいと考えており、上原の手紙が後押しになって、宝塚歌劇団に男子部が創設されます。
美しい世界に励まされていた
第一期生は上原と、電気屋の息子で歌が得意な竹内重雄、宝塚のオーケストラ出身の太田川剛、旅芸人の息子の長谷川好弥、特攻隊帰りで闇市の愚連隊だった山田浩二、そして唯一宝塚からスカウトした現役のダンサーの星野丈治。それぞれ、激戦地であった外地のミンダナオや満州、原爆の投下された長崎など激しい戦火のもとに送り込まれながらも、宝塚の描く美しい世界に励まされていた青年たちでした。
しかし男子部の存在には否定の声が大半で、歌劇団の女生徒であるタカラジェンヌも、男子部不要論を訴えます。歌劇団から男子部担当として派遣された池田和也は「清く正しく美しく」と、劇団内での女生徒との一切の接触を禁止。唯一、寮のまかないの女性、君原佳枝だけが、宝塚大劇場の舞台に立ちたいという彼らの夢をやさしく応援してくれますが、後輩の竹田幹夫が加入しても、めぐってくる出演の機会は着ぐるみの馬の脚の役や、舞台袖から歌う陰コーラスのみでした。
「宝塚BOYS」は、演劇ジャーナリストの辻則彦の著作「男たちの宝塚~夢を追った研究生の半世紀~」を原案に、中島淳彦脚本、鈴木裕美演出で2007年6月に初演。それまでほとんど世に知られていなかった宝塚の男性メンバーという意外性と、上原役に落語家の柳家花緑、星野役にはミュージカル俳優の吉野圭吾などそれぞれの役のバックボーンを映したかのような配役の絶妙さ、そして結末のほろ苦さにチケットは即日完売し、地方公演にはいわゆるおっかけが続出するなど話題が沸騰した作品です。
男子部を待ち受ける運命
本公演では2チーム制で上演され、「レ・ミゼラブル」や「ミス・サイゴン」など大作ミュージカルにも出演する藤岡正明や上山竜治など中堅ミュージカル俳優たちによるチームと、永田崇人や溝口琢矢など2.5次元舞台やドラマ「仮面ライダー」などをメーンにする若手俳優たちのチームで演じられています。
男子部を敬遠する女生徒からのねつ造で存続が危うくなるも、時に衝突しあい励ましあって、男子部たちは「戦友」として成長していきます。そのなかで、特攻隊帰りを自称していた山田(石井一彰・山口大地)が実はそれは自身ではなく兄のことで、そのせいで兄は心を壊してしまったという心痛や、太田川(藤岡正明・塩田康平)は幼少期の病気のため出征できなかった罪悪感を抱えているさまも描かれていきます。
男子部の面々の戦争体験がそろって苛烈なのは、命からがら生き延びたからこそ、つらい現実を忘れさせてくれる華やかな夢の世界への渇望がより強い人たちが集まったからでしょう。
特に若手チームの上原を演じる永田は冒頭、爆撃音のなかの無表情ながらも怯えた昏すぎる表情から、場面転換して歌劇団の稽古場でピアノに向かい「モン・パリ」(1927年に宝塚で初めて上演されたレビューの主題歌。翌年の選抜高校野球の入場行進曲にも起用された流行歌)を歌う一瞬の変化が素晴らしく、美しい世界への愛の深さを物語っていました。
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