テニス全米オープン決勝の警告は性差別だった。半世紀近く変わらないテニス界の差別構造

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 また、女子テニス協会創設者のうちのひとりであるビリー・ジーン・キングはツイッターに<女性が感情的になると『ヒステリック』と言われ罰される。しかし、男性が同じように感情的になっても『正直だ』とされるだけで、それ以上なにか言われることはない。セリーナ・ウィリアムズ、このダブルスタンダードを告発してくれてありがとう>(筆者訳)と綴り、今回の問題はラモス主審個人ではなく、テニス界全体にまたがる問題であると綴った。

 ここで思い出さずにはいられないのが、アメリカのテニス業界における女性差別を描いた映画『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』(2018年7月公開、現在も公開中)のことだ。この映画の主人公として描かれたのがビリー・ジーン・キングだった(映画ではエマ・ストーンが演じている)。

 これは、当時29歳で女子テニス世界チャンピオンだったビリー・ジーン・キングと、当時55歳で元男子テニス世界チャンピオンのボビー・リッグスの間で実際に行われた試合を描いた映画。この試合は1973年に行われ、全世界で9000万人近くが視聴した。

 この時代、アメリカのテニス業界では女性アスリートへの差別が平然と行われていた。全米テニス協会は次期大会の女子の優勝賞金を男子の8分の1とする方針を打ち出し、それにビリー・ジーン・キングらは異議申し立てをする。

 しかし、全米テニス協会側のジャック・クレイマーは「男子の試合のほうがパフォーマンスが良くて面白い」「観客が呼べるのは男子の試合」などのでたらめな理由をつけてビリー・ジーン・キングらの申し出を拒否。結果的に、ビリー・ジーン・キングら女子テニス選手は全米テニス協会を抜けることになり、女子テニス協会を立ち上げて独自のテニスツアーで興行を行っていくことになる。

 そんななか、ビリー・ジーン・キングに声をかけてきたのがボビー・リッグス。当時55歳の彼は、国際テニス殿堂に入るような伝説的な選手だったが、久しく表舞台から退いており、しかも、ギャンブル依存で夫婦仲も壊滅的な状態。そんな状況を打破し、ひと儲けしようと考えた結果が、「男性至上主義のブタvsフェミニスト」という呼び込みで男女のテニスの試合を行うことであり、そこで白羽の矢が立ったのがビリー・ジーン・キングだった。

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