宇多田ヒカルが歌詞を書きながら涙を流す理由

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 そして、もうひとつ多くの視聴者を驚かせたのが、番組が宇多田の自宅に固定カメラを設置し、彼女がパソコンとキーボードの前に座って楽曲制作に励む姿を収録・放送したことだ。基本的には机の前に座った彼女が悩みながら作業を進めていく地味な画面が続くのだが、それだけでは終わらなかった。

 自宅での作詞作曲の模様を伝えるこのパートで焦点を当てられていたのは「Ghost」という仮タイトルがつけられた楽曲。この楽曲は最終的に「夕凪」と題されて『初恋』に収録されている。「Ghost」は2016年にリリースされたアルバム『Fantôme』制作時の時点から着手されていたのだが、『Fantôme』のときには完成に至らず、そして『初恋』制作時でもいまだに完成せずにいるという、難産の果てに生まれた楽曲だった。

 番組では自宅で「Ghost」の制作の励む宇多田の姿を放送。「Ghost」は曲のメインとなるリフは出来ているものの、歌詞はおろか歌のメロディすら確定しない状況で、完全に煮詰まった彼女はインスピレーションを得るため、曲の断片をリピートさせながら、ウラジーミル・ナボコフの小説『青白い炎』のなかに出てくる詩「青白い炎」を朗読し始めた。すると、彼女は朗読しながら泣きだしたのだ。

 その詩は「主人公の詩人が家族や自分の死について考えを深め、やがて死を超越した世界を信じるにいたる」(番組内解説より)といった内容だが、このとき行っていた作業について彼女は<ひたすら泣けるだけ泣いて、泣きながら、「この感情は何を泣いているんだろう」って一生懸命どこか頭で冷静に考えて、探りながら泣く>と解説していた。

 事実、彼女にとって「曲をつくる」という仕事は、精神分析療法の過程にも似た、自分の心のなかの奥深い部分にまで潜っていく作業のようだ。番組のなかで彼女はこのようにも語っている。

<普段ある程度、色んなものにフタをするじゃないですか。コントロールするというか、自制心みたいなもの。自分でも見ないようにする部分があったりというのを、そこを一回突破しなきゃいけないので。そこのフタを開けて、なんか地獄のフタが開いたみたいなところを「開いた」ってなって、そこに突っ込んでいくっていう作業なので、本当に感情的なエネルギーをすごく消耗するというか>

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