家庭からはじめるジェンダーステレオタイプの解消と、再生産 

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女子教育が世界を救う/畠山勝太

女子教育が世界を救う/畠山勝太

 私が「教育とジェンダー」「開発とジェンダー」分野に従事するようになったのは、世界銀行に就職してからの話になるのですが、大学生の時、ゼミで読んだ教育哲学系の本の一節が印象的でした(著者とタイトルは忘れてしまいました……)。それは、

 「女性は抑圧されているが、子育てを通じて女性を抑圧しない男性を育てるという抵抗によって、抑圧から解放される」

というものだったと記憶しています。しかし、米国社会を見ても日本社会を見ても、子育てを通じてジェンダーステレオタイプが再生産されているのが、現状に近いように見受けられます。

 なぜジェンダーステレオタイプが家庭で乗り越えられるのではなく、再生産されてしまうのでしょうか? 今回は、父親と母親が持つ異なるジェンダーステレオタイプが、息子と娘にどのように引き継がれていくのかを分析した研究と、絵本に潜むジェンダーステレオタイプの話をしていきたいと思います。

家庭で始まるジェンダーステレオタイプ

 アメリカやカナダでの研究を見ると、子供たちのジェンダーステレオタイプの兆候は小学校に入学する前や、幼稚園・保育園に入る前から表れており、この起源は家庭にあることが示唆されます(具現化されるのは小学校に入って、他者との関係性の中からのようです)。

 では、家庭内で母親たちはジェンダーステレオタイプを乗り越えるのではなく、それを再生産するように子供たちに働きかけているのかというと、そうとは言い切れない所があります。

 確かに、子供のジェンダーに応じて保護者の行動が異なることは確認されています。子供に買い与えるおもちゃの種類や、子供との遊び方などが、子供のジェンダーによって異なっていることが分かっています。しかし、この分野をメタ分析した研究①研究②などを見ると、ジェンダーステレオタイプの強い家庭で育った子供ほど、それを内在することになるものの、その関係はそれほど強いものではありません。さらに、母親よりも父親の方が強いジェンダーステレオタイプを有している傾向があり、母親が積極的に家庭内でのジェンダーステレオタイプの再生産に関与しているという訳ではないようです。

 この現象を紐解くカギになるのが、顕在的なジェンダーステレオタイプと潜在的なジェンダーステレオタイプの存在です。前者は発言や考え方などに明確に現れるものです。後者は無意識の下に動いてしまうジェンダーステレオタイプの事を指します。例えば、「科学は男性、人文学は女性」と無意識に紐づけてしまうようなものが潜在的なジェンダーステレオタイプです。以下のリンクで、自分がどれだけ潜在的なジェンダーステレオタイプを持っているかを測定できるので、ぜひ一度やってみてください

 リベラルな母親であれば、ジェンダーステレオタイプを家庭で乗り越えようとするかもしれませんが、そこで排除できるのは顕在的なジェンダーステレオタイプです。潜在的なジェンダーステレオタイプを持っている場合、家庭でそれが再生産されてしまうことになります。

母親も家庭内でのジェンダーステレオタイプの再生産に寄与してしまうのか?

 この潜在的ジェンダーステレオタイプと顕在的ジェンダーステレオタイプの家庭内での再生産を分析した研究があります。

 研究結果を掻い摘んで紹介すると、顕在的なジェンダーステレオタイプは父親の方が母親よりも強く持っている傾向があるのですが、こと潜在的なジェンダーステレオタイプとなると母親の方が父親よりも強く持っている傾向があるようです。

 そして、母親の方が父親よりも子供と過ごす時間が長い傾向があるせいか、父親の持つジェンダーステレオタイプよりも母親のそれの方が、子供が形成するジェンダーステレオタイプに影響力を持ち、特に子供が持つ潜在的なジェンダーステレオタイプは、母親が持つ潜在的なジェンダーステレオタイプからのみに影響を受けます。

 さらに、母親が持つ潜在的なジェンダーステレオタイプの影響力は子供の性別によって異なります。母親が持つ潜在的なジェンダーステレオタイプが強くなればなるほど、娘が持つジェンダーステレオタイプもより強いものになるのですが、母親と息子の間にはそのような関係の存在は立証されませんでした。

 この研究結果をまとめて解釈すると、まず母親は父親と比べて、子育てを通じてジェンダーステレオタイプ問題の解消に努めていることが分かります。しかし、母親は無意識化に植え付けられたジェンダーステレオタイプを父親よりも強く持ってしまっており、それを特に娘に対して無意識のうちに手渡してしまっている、ということになります。

 ここで冒頭の引用に立ち返ると、「女性は抑圧されているが、子育てを通じて女性を抑圧しない男性を育てるという抵抗をしている」という部分までは正しいのかもしれません。しかし完全に抑圧から解放されるという事態には向かっておらず、むしろ無意識のうちにそれを娘に手渡してしまい、家庭内での抑圧の再生産や世代間での抑圧の再生産を招いてしまっている、というなんとも皮肉な状況が存在していることが読み取れます。

絵本にも潜むジェンダーステレオタイプ

 家庭に由来する、子供が抱くジェンダーステレオタイプに影響を与える要因は、母親が持つ潜在的なジェンダーステレオタイプに留まることはありません。なぜなら、何気なく子供に与える物の中にも、子供のジェンダーステレオタイプの形成に影響してしまうものもあるからです。子供に何気なく見せるテレビや動画もそうですし、子供に買い与えるおもちゃや、子供との遊び方に保護者が持つジェンダーステレオタイプが反映されることは先ほど紹介した通りです。

 その中でも比較的厄介なのが子供に何げなく買い与える絵本にも顕在的・潜在的なジェンダーステレオタイプが潜んでいるがしばしばあるという点です。なぜなら、絵本は子供の読み書き能力や他者の感情を理解する想像力を豊かにするために欠かせないものであり、基本的に良いものとして扱われることが大半なので、他の物と比較してジェンダーステレオタイプという観点について不注意になりがちだからです。

 実際に、絵本とジェンダーステレオタイプについて、うちのNGOにインターンに来てくれた学生さんに、少し古い研究を要約し、ブログにまとめてもらいました。日本の絵本には主に、「性格」「外見や美」「社会的価値」の3領域に関するジェンダーステレオタイプが含まれていることがあるようです。日本のジェンダーステレオタイプが他国よりもややこしいのは、「頼りがいがある」「おしとやかな」といった、肯定的な言葉がジェンダーステレオタイプと結びつきがちで、差別や社会問題の背景になっているという問題点に気づきづらいという点です(もちろん、女々しいといった否定的な言葉も存在しますが)。これの具体例として、「外見や美」に関するジェンダーステレオタイプが、女性の過度なダイエットや摂食障害の一因になっているといったことが挙げられます。

 確かに、一昔前と比べると絵本にも潜むジェンダーステレオタイプの問題はマシになっているものの、それでもまだやはり売れている絵本の中にジェンダーステレオタイプが全く無いかというとそうとは言い切れないのが現状のようです。このように家庭から始まるジェンダーステレオタイプには、保護者が無意識のうちに持ってしまっているものだけでなく、注意深く吟味しないと気付かないようなものからも起こってくる、というのは重要な点でしょう。

まとめ

 これまでの連載の中で指摘してきたように、日本社会を眺めてみると、教育(学校)や労働(職場)を通じてジェンダーの問題が作り出されているのは否定のしようがありません。しかし、アメリカの研究結果がある程度日本にも当てはまるのであれば、家庭内で生み出されるジェンダーの問題にも注意を払っていく必要があるでしょう。

 家庭内で生み出されるジェンダーの問題が難しいのは、無意識のうちに起こってしまうという点です。家庭内に普通にあるような絵本の中に、ジェンダーバイアスの助長を促進してしまっているものがあるのは、かなり意識しないとことに気が付きません。

 そして、特に厄介なのが、母親が無意識のうちにジェンダーの問題を娘の潜在下に植え付けることで、ジェンダーの問題を再生産してしまう点でしょう。もちろん、だからといって母親を責めるのは間違いです。父親こそ、もっとジェンダーの問題に敏感になる必要がありますし(本文中で紹介した研究は、子供が娘と息子の組み合わせの場合、子供が一人っ子の場合や息子・息子の組み合わせの場合と比べて、父親が示す顕在的なジェンダーステレオタイプが弱まることを明らかにしているのは示唆的でしょう)、「無意識のものを意識する」というのは哲学的な問題ですらあるような感じがしますが、無意識のジェンダーステレオタイプがあるということや、子供に与える物の中にジェンダーステレオタイプが潜んでいたりすることを意識するように心がけることが、「抵抗」につながるのかもしれないですね。

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