
写真:Imaginechina/アフロ
日本の右派団体「慰安婦像の真実国民運動」幹事の藤井実彦氏が、台湾に初めて設置された「慰安婦」像に蹴りを入れているように見える姿が監視カメラの映像から発覚した事件を覚えているだろうか。この「慰安婦」像は2018年8月に中国国民党台南市支部によって設置されたもので、藤井氏らはこの像の即時撤去を求め、9月6日、同支部に公開質問状を手渡す目的で台湾を訪れていた。
当初は蹴りを入れたというのは全くの捏造だと主張していた藤井氏は、動画が公開されると「ストレッチをしただけであり、蹴っていない」などと釈明する。しかし、同じく捏造を主張していた「慰安婦の真実国民運動」は、9月12日に代表の加瀬英明名で 「藤井氏が慰安婦像を蹴るようなそぶりをしたことは明らか」とする、謝罪文を発表。藤井氏は9月11日付で同会の幹事を辞任している。
一方、同会は国民党への公開質問状に関しては取り下げていないし、11月6日付で、再度回答を求める要求文書を送付している。また、藤井氏は現在(2018年11月12日)も自らの非を認めていない。藤井氏が幹事を辞任した後に更新された「慰安婦の真実国民運動」のサイトでも未だに藤井氏が代表を務める「論破プロジェクト」が加盟団体として記載されていることから、藤井氏の同会への関わりは続いていると考えられる。
「慰安婦の真実国民運動」は、これまでも「慰安婦」問題を巡る国内外での「歴史戦」に関わってきた。先月10月には、「慰安婦」映画上映会を茅ヶ崎市が後援したことについて、茅ヶ崎市長、教育長と会場の茅ヶ崎市民文化会館に対して申入書を送り、市民に抗議を呼びかけるなどして騒動を起こし、自民党市議団が市に抗議を行うという展開が起きたばかりだ。そして、同会や藤井氏が、国際問題を引き起こしたのも今回が初めてではない。
本稿では、「慰安婦の真実国民運動」や関連する右派団体が特に海外でいかに「歴史戦」を繰り広げてきたのかをまとめたい。今回の騒動は、藤井氏や「慰安婦の真実国民運動」に限定されない、日本政府や政治家をも含めた、大きな流れのひとつであることがわかるだろう。
慰安婦の真実国民運動とは
2011年12月、ソウルの日本大使館前に「平和の少女像」が設置されて以来、続々と海外に建設される「慰安婦」の碑や像は日本政府や日本の右派の批判の的になった。また月刊誌『正論』2012年5月号(4月発売)に、ジャーナリストの岡本明子氏が、2010年に設置されてから特に大きな注目を浴びてこなかった、アメリカ・ニュージャージー州パリセイズパーク市の「慰安婦」の碑が設置されたために米国で日本人がいじめ被害にあっていると主張する「米国の邦人子弟がイジメ被害 韓国の慰安婦反日宣伝が蔓延する構図」と題した記事を寄稿すると、在ニューヨーク日本総領事館が市に対して碑の撤去を要求した。さらに5月、古屋圭司、山谷えり子議員ら四人からなる自民党議員団が同市を訪問し、碑の撤去を要求した。こうした動きがニューヨークタイムズの記事となり、碑が大きな注目を集めることになった。
その後、「慰安婦」碑や像の建設計画のたびに、日本から大量の抗議メールが送られ、日本政府も阻止に向けて動くという事態が続いている。民間の運動として、海外での「慰安婦」の碑や像建設への反対の動きを牽引したのが、ソウルの日本大使館前に「慰安婦」少女像が設置された2011年末に本格的な活動を開始した女性団体「なでしこアクション」だった。代表は、「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の元副代表・事務局長だった山本優美子氏だ。
2013年には、ロサンゼルス近郊のカリフォルニア州グレンデール市に、全米で初めて、ソウルの日本大使館前に設置されているものと同じ「平和の少女像」が設置された。設置決定前の公聴会には、在米日本人右派らが参加し、日本の右派の注目を集めた。
このグレンデールの少女像が大きなきっかけとなり発足したのが「慰安婦の真実国民運動」だ。設立の日付は、少女像の除幕式が行われた7月30日の1日前に当たる。同団体設立当時の幹事長、松木國俊氏は、「アメリカ在住の同志とも連絡を取り合って、「慰安婦の碑」建設反対の大運動を展開します」と述べ、海外の「慰安婦」問題に関する「歴史戦」への対抗ということを強調した(新しい歴史教科書をつくる会『史』2013年9月号 p.27)。
同会はもともと「新しい歴史教科書をつくる会」(以下、「つくる会」)が呼びかけ、立ち上げた組織だという。現在、「慰安婦の真実国民運動」の代表は加瀬英明、幹事長が岡野俊昭、さらに常任幹事には松木國俊、藤岡信勝の各氏が名を連ねている。彼らは全員、「つくる会」に属しており、同会の事務局も「つくる会」内に置かれており、事務局長も「つくる会」の事務局長が兼任という状態である。「慰安婦の真実国民運動」のサイトによれば、現在同会は「20団体が参加する協議会」であり、以下が加盟団体として挙げられている。
アジア自由民主連帯協議会 (ペマ・ギャルボ会長)
新しい歴史教科書をつくる会 (高池勝彦会長)
生き証人プロジェクト (代表不明)
英霊の名誉を守り顕彰する会 (佐藤和夫代表)
GAHT-US Corporation 歴史の真実を求める世界連合会 米国事務局(目良浩一会長)
GAHT Japan NPO法人歴史の真実を求める世界連合会 日本法人 (加瀬英明会長、目良浩一、藤井厳喜代表)
史実を世界に発信する会(加瀬英明代表、茂木弘道事務局長)
「真実の種」を育てる会(岡野俊昭運営委員長、加瀬英明、高池勝彦、杉田水脈ら顧問、藤岡信勝、藤木俊一ら運営委員)
そよ風(涼風由喜子会長)
正しい歴史を伝える会(桂和子代表)
調布『史』の会 (松木國俊世話人)
テキサス親父日本事務局(藤木俊一事務局長)
なでしこアクション(山本優美子代表)
日本近現代史研究会 (杉原誠四郎会長)
日本時事評論 (山本和敏社長)
捏造慰安婦問題を糺す日本有志の会(代表不明)
捏造日本軍「慰安婦」問題の解決をめざす北海道の会(澤田健一代表)
不当な日本批判を正す学者の会(田中英道会長、山下英次事務局長)
誇りある日本の会 (吉田明彦相談役)
論破プロジェクト(藤井実彦代表)
「つくる会」や「日本時事評論」など少数を除いては、2010年頃以降に発足した団体が大部分だ。20という加盟団体数から大規模な連絡会のように見えるが、各地に支部を持つ組織は少なく、小規模の団体が多い。また、役員やメンバーが重複していることもある。
台湾で問題を起こした藤井実彦氏が代表を務める「論破プロジェクト」は、2013年8月14日、藤井氏がYahoo!ニュースでみた「フランスのアングレーム漫画祭に韓国政府が50本の慰安婦漫画を展示するという暴挙に、経営者としての仕事を捨ててでも、対抗する必要があると考え」たことから発足させたという。漫画祭向けの「慰安婦」を否定する内容の漫画作品を出品、展示しようとしたものの、2014年1月に開催された漫画祭では主催者に展示ブースを撤去されるという顛末になった。
この「論破プロジェクト」を後援していたのが幸福実現党だ。藤井氏は幸福の科学媒体『The Liberty Web』にも頻繁に登場して、「論破プロジェクト」の活動について語っており、漫画祭に出品した漫画の中にも幸福の科学のマスコット「トックマ君」が登場している。

アメリカ・カリフォルニア州ブエナパーク市に届いていた「論破プロジェクト」の漫画。右側の表紙には、「トックマ君」が描かれている。
アングレーム漫画祭には、藤井氏に加え、Youtuberの「テキサス親父」ことトニー・マラーノ氏と「テキサス親父日本事務局」の藤木俊一事務局長も同行し、これ以降、マラーノ氏と藤木氏が「慰安婦」問題への関わりを深めることになった。2014年には、「論破プロジェクト」は「テキサス★ナイト」と題されたマラーノ氏の講演ツアーを日本で企画、主催している(その後も同ツアーは2015、2017年にも開催)。
こうした様々な団体の連絡組織として設立された「慰安婦の真実国民運動」は、「慰安婦」像や碑の阻止や、海外での集会などの開催、ジュネーブやニューヨークで開かれる国連会議への代表団への派遣など、海外での活動に活発に取り組むようになっていった。
「慰安婦の真実国民運動」は、ブログ、SNSや動画サイトなどを積極的に活用して、派手な運動を展開した。例えば、アングレーム漫画祭参加の前、2013年12月には、藤井、マラーノ、藤木の三氏でグレンデールの少女像を見学に行っており、その際にマラーノ氏が少女像の頭に人の顔が落書きされた紙袋を「慰安婦はブスだから」などといってかぶせ、笑い者にして写真を撮影、ネット配信し、それが韓国で炎上したことがある。藤木氏によれば、グレンデール市の少女像撤去の署名を集める目的であえて写真をネットに拡散し、韓国で炎上することを狙ったのだという。
このように、藤井氏らはネットでの炎上を狙い、差別を煽り、結果として、国際的に批判を浴びる事態を何度も引き起こしてきた。台湾での事件も、こうした彼らの日常の活動の一環に過ぎない。そして、彼らの活動はネットのみならず、『産経新聞』や『夕刊フジ』、『月刊正論』などの産経系メディア、『WiLL』や『ジャパニズム』などの右派月刊誌や、「つくる会」や幸福の科学などの媒体を通しても伝えられてきた。「慰安婦の真実国民運動」の運動に関わってきた杉田水脈氏やマラーノ氏らは産経や夕刊フジに連載も持っており、日常的に彼らの活動ぶりがマスメディアに掲載され、それがネットで拡散されるという状況だった。
2014年頃から、「慰安婦の真実国民運動」とは別の流れとして、主流の保守団体である「日本会議」も北米での「歴史戦」を展開している。特に日本会議は東京地裁で朝日新聞社を訴えた「朝日グレンデール訴訟」の全面支援を通して北米で原告を探した。また、ロサンゼルスやニューヨーク、トロントなどで集会などを開催し、在米日本人右派を着実に組織してきた。
「慰安婦の真実国民運動」の関係者や関係団体で、日本会議など主流保守団体にも所属したり関係したりしているケースはある。「慰安婦」問題に関する主張はそう変わらず、時に行動を共にすることはあった。だが、「慰安婦の真実国民運動」関係者は、裁判闘争としてはアメリカでは「GAHT」によるグレンデール市を米国の裁判所で訴えた裁判、日本ではチャンネル桜系の運動体「頑張れ日本!全国行動委員会」などが主体となった「朝日新聞を糺す国民会議」の集団訴訟を支援しており、完全に日本会議と共闘しているという状況でもない。また、「慰安婦の真実国民運動」は外務省が十分「歴史戦」を戦っていないとして批判したり、2015年の「日韓合意」も批判するなど、日本会議系の主流保守より、政府や自民党を批判することが多かった。
1 2