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【韓国・インチョン国際空港】スウェットで旅をする女性

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旅の服装がダサい。これは私の長年の悩みだった。何とか良い感じの旅行スタイルにならないかとパッキングのたびに模索するが、手を尽くした甲斐なく、とにかくダサい。

ダサいというのは、別に誰かに批判されたわけではない。旅先では他人の服装よりも優先して見るべきものが山ほどある。ただ私の気持ちが不本意だというだけの、極めて個人的な話だ。

不本意な理由は分かっている。一張羅が全てかさ張ったり、畳めなかったり、破れやすかったりと、持ち運びしづらい素材が多いからだ。好みの問題なので自業自得なのだが、お気に入りの服の他に「旅用の服」を用意しなくてはならない。そして一年に一度か二度しか使わない「旅用の服」を完備するほどの金銭的余裕は正直ない。

というわけで、簡単に揃えられる範囲で間に合わせることになる。

日帰りなら普段通りの服装でいいが、2泊3日くらいで雲行きが怪しくなり、1週間ともなるともうお手上げである。グリッドを取り入れて、なるべく考えなくていいようにしよう……。トップスは同じ形にしておけば連立方程式の要領で頭のリソースを削減できる……ヒートテックくらいなら洗濯しても乾くだろうから数を減らしてスペースを確保……ボトムスは洗えなさそうだな……と制約に制約を重ね、結局以下のようになる。

・完全に同じ形のセーター7枚(黒・黒・黒・黒・黒・黒・黒)
・形違いのフルレングスのボトムス3本(黒・黒・黒)
・衛生的観点から仕方なく2足用意した歩きやすい靴(黒・黒)

かくして、毎日をほぼ同じ見た目で埋め尽くす旅支度が整う。まるでのび太君か、ジョブス氏である。のび太君はこだわりなく、ジョブス氏はこだわってあの服装だからいいのだ。しかし私は明らかに妥協してこのラインアップをトランクに詰め込んでいる。

ある年の11月の終わり、私は前述の通り「全身真っ黒の長方形」といった出で立ちで、大韓航空のエコノミークラスの座席に座っていた。中国の地方都市に2週間滞在するため、インチョン国際空港で乗り換えたところだった。

2週間の旅程がスーツケースを圧迫してイケてない装いに拍車をかけているし、飛行機は大の苦手だし、とげんなりしていた私の横をふと誰かが通り過ぎる。

大学生くらいの女の子だ。通路を進み、CAの女性に二言、三言話しかけると壁にもたれかかった。

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アジア系の顔立ち。話している言葉は韓国語らしい。

一言でいうと、彼女はかなりラフな格好をしていた。がぼがぼのスウェットにがぼがぼのデニムは、彼女がもう一人くらい入りそうだ。ぼろぼろのスニーカーに、ぼさぼさの長い髪。

もしかするとだらしない装いにケチをつけたいのかと思われるかもしれないが、そうではない。あるいは、「そんな格好で通せるのは顔の可愛い子だけだろう」と言われるかもしれないが、実は容姿についてはあまり覚えていない。化粧っけのない顔の中心で真っ赤に光る口紅が眩しく、それ以外のことを思い出せない。

実を言うと、私はスウェットが苦手だった。着心地がいいからだ。着心地がいいことはしばしば着飾ることと正反対に位置づけられる。ドレスコードでも「スウェットパンツ及びそれらの類と判断されるものはご遠慮ください。 」などと書かれてしまう。デニムでレストランに来るなという主張は現代社会では明らかにナンセンスだが、着心地のいいものって、何だか「盛れ」ていないような気がするではないか!

しかし、この完全なる個人的見解を差し引いても、彼女は妙にかわいかった。

スウェットと聞いて真っ先に思い浮かぶのは、ヘインズブランズ社の子会社であるチャンピオン社と、ラッセル・アスレティック社だろう。

1800年代後半に動物学者のグスタフ(ギュスターヴ)・イエーガー博士が「ウール製の衣服が健康に良い、とりわけ下着はサイコー!」という研究成果を発表し、注目を集める。その後ヘインズブランズ社が制作したウール下着がアメリカ軍に採用され、スポーツウェアへと発展し、スウェットシャツの原型となった。この歴史を知ったときに私は(ウールの下着って汗吸わなさそう……sweatなのに……痒くないのかな……)と思ったが、なるほど実際に吸わなかったようだ。1920年代、ラッセル・アスレティック社の創立者の息子ラッセル・ジュニアが、所属するフットボール・チームの試合の後に「ウール製だと汗をかいたあと不快」と気づいたことで、コットン製スウェットの開発が始まった。そして1924年にチャンピオン社によってミシガン大学のカレッジスウェットが販売され、カラフルなカレッジスウェットが全米に広まる。さらにチャンピオン社の開発や化学繊維の発達によって改良が進み、今に至る(ちなみにスウェットシャツと同義の「トレーナー」はVANの創設者・石津謙介さんの造語である)。

私が勝手に「着心地がいい=油断している」と思い込んでいたスウェットは、むしろ勝負服、というか勝負に貢献するための服だった。着心地がいい=体の動きを邪魔せず、最高のパフォーマンスを発揮するための服だったのだ。

そういえば、日本で何度か繰り返しているスウェットブームの一つに「プージャ」というものがあった。いわゆる紺地にピンクのライン入りのPUMAのジャージに、ハローキティのサンダルを合わせるギャルの装いである。ギャルはこれを着てコンビニとドンキホーテに行く(ちなみに今回の旅に同行していた知人のギャルは中国のホテルラウンジをプージャで徘徊し、めちゃくちゃに目立っていた)。

さらに遡れば、キャラクターの気ぐるみパジャマを着て街に繰り出すギャルたちもいた。あのジャージは、パジャマは、おしゃれなのか?とずっと疑問だったが、ギャルたちは「気合いの入った格好をしない」という方法で戦闘力を高めていたのかもしれない。

スウェット少女はCAの女性としばらくやり合っていた。言葉は分からないが、そこまで深刻そうでもないささやかな要求をしているらしかった。ぼやけたスウェットのグレーと褪せたデニムのブルーの上で、赤いくちびるが強気に動く。気が済んで座席に戻っていく彼女が、あまりに見つめすぎていた私の視線に気づき、一瞬目が合う。なんすか?という表情で、すい、と通路をすり抜けていく。その後ろ姿を見送りながら、今着ている(そしてスーツケースにも詰めてきた)「不本意な」黒いウールのセーターのことを考えていた。中国の秋は寒い。このセーターたちは旅を暖かく包み、快適に過ごさせてくれるだろう。そう思えば、なかなか悪くないコーディネートかもしれない。私は真っ黒な服装のままでトイレに駆け込み、急いで口紅を塗った。

はらだ有彩

関西出身。テキスト、テキスタイル、イラストレーションを作るテキストレーター。デモニッシュな女の子のためのファッションブランド《mon.you.moyo》代表。2018年5月、日本の民話に登場する女の子の心情に寄り添う本『日本のヤバい女の子』(柏書房)刊行。

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