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松本人志が公開いじめを笑う『HITOSHI MATSUMOTO Presents FREEZE』の“価値”とは?

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 『FREEZE』では、別室にいる松本人志が参加者に与える演出の指示を出し、8人が苦しむ姿を見て高笑いする。前述の会見で松本は<ドキュメンタルでは監視員なんですけど、こっちからいろいろ仕掛けられるのでまあ楽しかった。やってて王様の遊びかなって思いましたね>と語っているが、確かに、『FREEZE』の構図は、「奴隷が虐待されている姿を見て喜ぶ王様」そのものだ。

 『FREEZE』の前身番組『ドキュメンタル』は現在シーズン5まで制作されるほどの人気シリーズとなっており、日本国内におけるネットオリジナルテレビ番組の成功例として名前があがることも多い。

 以前、wezzyでも取り上げたが(ネットテレビが取り組む「地上波ではできない笑い」は、暴力と下ネタなのか)、『ドキュメンタル』は番組内における下品な表現(特に下ネタ)が際立っている。

 だが、『FREEZE』を前にすると、『ドキュメンタル』も遥かにまともな番組に思えてくる。少なくとも、『ドキュメンタル』には、お互いを笑わせ合う芸人たちのクリエイティビティの発露があり(その“質”や“品”はさておき)、芸やアイデアを競い合う芸人たちのやり取りには見るべきものもあった。パワハラ的な要素も『FREEZE』に比べれば格段に少ない。

 しかし、先に述べた通り、『FREEZE』には、そのような「笑い」に奉仕するクリエイティブな要素はいっさい存在しない。『FREEZE』にあるのは、抵抗できない弱い相手を痛ぶって喜ぶ「いじめ」の要素のみである。

 どうして『FREEZE』のような企画が生まれたのか。松本はエピソード1の冒頭でこのように語っている。

<『ドキュメンタル』に匹敵する、もしくはそれ以上のものは、もうないんじゃないのかなと思っていたけれども、会議をしていてフッと来た感じの企画で、ちょっと大風呂敷を広げさせてもらうのであれば、それ(『ドキュメンタル』)に見合うぐらいのものができるんじゃないのかなと思ってますよ>
<“最弱こそ最強”という感じかなっていうのは見てもらったら分かる気がするんですけど。芸人だけにこだわらないというかね、芸人以外の人ももっと参加できるような。もしかしたら、世界で一番面白い人は、世界で二番目ぐらいに面白くて、本当に一番面白い人は、なにもしない人やっていう。それなのかもしれないなっていうところに、入りつつあるんでしょうね>

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