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大坂なおみ選手のアイデンティティについて書いた前回の記事『ハイチ系の家庭で育ちました』、白人が見知らぬ黒人女性の髪に突然触る事象について書いた前々回の記事『私たちはペットではない』は、いずれも大きな反響があった。ともにツイッターを介して様々な感想も寄せられた。
2本の記事は関連付けて書いたものではないが、期せずして繋がる部分があった。また、そこから派生しておこなったオバマ元大統領についての筆者のツイートは1,000を超えるリツイートがなされた。そのツイートからさらに、現在、沖縄県知事選に立候補中の玉城デニー氏とオバマ氏の共通項を考えるに至った。また、改めて浮上した大坂選手の「英語」「ハイチ差別」についても書いてみた。やや雑然とした内容ではあるが、以下、一読をお願いしたい。
黒人の子供が黒人大統領の髪を触る理由
黒人女性や子供の髪を通りすがりの白人が珍しがって触ることについて、「人種に関係なく失礼でしょう」というコメントがいくつか寄せられた。また、外国滞在経験のある日本人から「外国で髪を触られたが、嫌ではなかった」というものもあった。
「人種に関係なく失礼」はそのとおりである。ただし記事にも書いた通り、アメリカにおいては奴隷制に由来する人種差別が今も根強く続き、触る側が差別意識を自覚していなくとも「黒人なら本人に許可なく触ってもいい」という、「所有物」感覚に基づく行動と言える。ゆえに、黒人が見知らぬ白人の髪に突如触るという行動は無い。
日本人が出掛けた先の国で黒い直毛を珍しがられて触られても、多くの場合、嫌悪感は湧かない。その国で日本人(アジア人)であるという理由で蔑まれたり、社会的に下層に置かれた歴史がないため、純粋な好奇心からの行動と解釈できるからだ。さらに黒い直毛を美しいと賞賛されたなら、プライドも芽生える。
アフリカのカメルーンで生まれ、日本で育った漫画家の星野ルネ氏@RENEhoshinoは、9月23日付の漫画でこの件を取り上げた。子供の頃、クラスメートに縮れた髪を触らせてと言われた時には恐怖すら感じたが、大人となった今は子供たちの純粋な好奇心を満たしてやりたいとも思う。その葛藤がよく表されていた。
このマンガを読み、オバマ元大統領の有名な写真を思い出した。大統領就任翌年の2009年、あるホワイトハウス職員が転職前にどうしても息子たちをオバマ大統領に会わせたいと願い、子供好きで知られる大統領は快諾した。当日、5歳のジェイコブは「オバマ大統領の髪は自分と同じ感触なのだろうか」と思い、それを口にした。すると大統領は「自分で触ってみれば?」と、長身を90度折り曲げ、少年に後頭部を触らせた。
大統領に会うためにきちんとネクタイを締めた幼いジェイコブは、神妙な顔つきでオバマ大統領の頭に手を伸ばしている。オバマ政権時のホワイトハウス公式写真家ピート・ソウザ氏@PeteSouzaによるこの写真を、大統領はホワイトハウスの壁に飾った。通常、壁の写真は一定期間をおいて入れ替えられるが、大統領はこの写真を変えさせなかったと伝えられている。この写真はSNSで驚くほどの数が回覧され、ソウザ氏によるオバマ大統領の写真集にも収められた。米国史上に残る大統領写真の一枚となったのだった。
ジェイコブは黒人だ。白人やアジア系の子供が黒人の髪を珍しく思って触りたがるのとは異なる理由があった。憧れのスーパーヒーロー、テレビ番組や絵本の主人公、実生活では学校の先生、わけても校長先生など、アメリカでは子供が接する「優れた人」「美しい人」の大多数は白人だ。子供たちは無意識下で「黒人は有能ではない」「醜い」と刷り込まれてしまう。だからこそジェイコブは、両親からおそらく「アメリカでいちばん偉い人」と説明されたであろうオバマ大統領が自分と同じ髪であることに驚いたのだ。
この写真をツイートした直後、偶然にデニー氏が沖縄でハーフの女の子に語りかけている写真を見掛けた。笑顔のデニー氏が女の子の肩に手を回している。女の子も笑っている。キャプションはこうだ。
ハーフの子が『あの人もハーフなの?』って聞いてきたからデニーさんが『ボクはトーフ!!うそうそ(笑)僕も君と同じハーフだよ!』
女の子『そうなんだー!ハーフでもリーダーになれるのー?』
デニーさん『そうだよ!これからは君らみたいなハーフの子達の時代でもあるんだからね!がんばろうね!』
@ygktr_yahyou
オバマ氏もデニー氏も、人種も民族も問わず、すべての子どもたちを支援する人柄だ。しかし、自分自身が他者からはなかなか理解されない少数派であることから、自分と同じバックグラウンドを持つ子供たちの心情を理解し、ことさらに応援する。
オバマ氏は白人とのミックスでもある。父親はケニアからの留学生だった男性だが、母親はアメリカ白人女性だ。先のジェイコブとの写真が収められた写真集には、オバマ氏がガールスカウトの白人の少女たちに囲まれ、少女たちとお揃いのティアラ(!)を頭に載せ(られて)満面の笑みを浮かべている写真もある。違和感が逆になごみを生む写真だが、オバマ氏自身は極めて自然体だ。オバマ氏は、白人の母親と、その両親(オバマ氏の祖父母)にハワイという黒人の少ない州で育てられている。白人の文化を持ち、白人との交流にもまったく抵抗を持たない人物だ。だが、外観から黒人とのみ「分類」され、結局はオバマ氏自身も自分を黒人と定義付ける必要があった。大統領当選後、国勢調査では「African American / Black」に印を付けると語っている。
ナオミの多様性は「市場価値」がある
大坂なおみ選手も同じだ。彼女が国勢調査にどう答えているかは知る由もないが、アメリカでは大坂選手のバックグラウンドを知らない第三者は外観から彼女を「黒人」と捉える。大坂選手自身、2016年に「日本に行くと皆、困惑してる。私の名前から、黒人の女の子が現れるとは思わないのね」と語っている。
この発言は、当時18歳の大坂選手が全豪オープンの予選を突破し、グランドスラム初出場を決めた際にアメリカの新聞 USA TODAYに掲載されたものだ。セリーナ・ウィリアムス選手の「(ナオミは)とても危険」というセリフを筆頭に大坂選手がテニス界のスターとなることを予告しつつ、生い立ち、人種的バックグラウンドを紹介した記事だ。大坂選手のエージェントの以下のコメントも記載されている。
「多様性のある背景からの影響力があり、ナオミはとても幸運な位置にある」「これにより彼女はあらゆる方面において、非常に市場価値があると言える」
つまり大坂選手はアメリカ人、日本人、ハイチ人、黒人、アジア系、ウェスト・インディアン(カリブ海系)、ミックス(ハーフ)といった多くの異なるグループへの訴求力を持ち、それぞれのグループをターゲットとする企業からのスポンサー契約も得られるということだ。
人種社会アメリカに於いて、人種や民族は個々人のアイデンティティとして頻繁に語られるだけでなく、経済にも大きく関与する重要な要素なのだ。
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