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小川彩佳アナのAbemaTV異動、テレ朝上層部が示した降板人事の唖然とする理由とは?

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『報道ステーション』(テレビ朝日)番組ホームページより

 9月28日の放送をもって、『報道ステーション』(テレビ朝日系)のサブキャスターを務めていた小川彩佳アナウンサーが番組を卒業した。

 小川彩佳アナウンサーが『報道ステーション』のサブキャスターに就任したのは2011年4月。当時はまだ古舘伊知郎がメインキャスターを務めていた。そこから富川悠太アナウンサーにメインキャスターが変わった後も番組を支え、7年半にわたりニュースを伝え続けてきた。

 そんな長きにわたったサブキャスター生活最後の日、番組終了直前に放送された挨拶で、小川アナは涙に声を詰まらせながらこのように語った。

<2011年の東日本大震災があった直後の4月からサブキャスターを担当させていただいてまいりました。本当に無力感に苛まれることばかりで。ですね、あの……、もうだめだ……(涙をぬぐう)。意味のある言葉を紡ぐことの難しさということを痛感する日々だったんですけども、それでも、一人でも多くの方の心に届く言葉をと模索し続けてこられたのは、本当にひとえに、取材先で出会った皆さまの暖かさだったりですとか、番組をご覧くださった皆さまの叱咤激励の声あればこそです。本当に不器用で、至らない点ばかりのサブキャスターだったと思うんですけれども、7年半の間、見守ってくださり本当に本当にありがとうございました>

 ここで登場する<無力感に苛まれることばかり>という言葉は、『報道ステーション』番組公式ホームページ内「出演者ブログ」にアップされた記事「7年半、有難うございました」(9月28日更新)にも登場する。『報道ステーション』サブキャスターとして過ごした日々を感謝するこのブログのなかで小川アナはこのように綴っている。

<無力感に苛まれることは少なくなく。
言葉を飲み込んだ日は、もっと発信できたことがあったのではないかと悩み、
言葉を発すれば、より意義のある一言があったのではとこれまた悩み、
不用意に繰り出した言葉に不意に傷ついている人はいないかと不安を覚え、
試行錯誤は尽きませんでした>

 彼女が『報道ステーション』に携わった日々は、第二次安倍政権発足以降、どんどん報道の自由が狭まっていき(この間「報道の自由度ランキング」は72位まで下落)、メディアが政権の意向を忖度することが日常の風景となっていった時期と重なる。

 そんななかにあって小川アナは、政権への異論も臆することなく発言してきたし、また時には、自らの所属するテレビ朝日に対する苦言も呈してきた。

 そんな彼女だけに、番組卒業に至るまでの経緯は、7年半のなかでも、特に<無力感に苛まれること>だったのではないだろうか。

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