社会

教育勅語を「普遍性をもっている部分が見て取れる」と評価した柴山昌彦文科相の間違い

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 教育勅語は小学校から暗唱するように教育され、天皇の神格化を推進するなど、国民の考えに大きな影響をおよぼした。

 そして、「非常事態のときには大義に勇気をふるって国家に尽くす」といったことを意味する<一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ>という徳目は、軍国主義思想の基盤ともなり、戦争で多くの犠牲を生むことになった。

 政権やその周辺の人々が教育勅語に執着する理由はここにある。<一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ>に代表される、国家のためならば生命をも含んだすべてを投げ捨てるべき、との考えを国民に植え付けたいとする意図があるのは明白だ。

 敗戦後、日本は侵略戦争を引き起こした原因のひとつにこういった教育勅語の精神があることを認め、教育勅語を排除した。1948年6月19日に衆議院本会議で決議された「教育勅語等排除に関する決議」では、このように宣言されている。

<思うに、これらの詔勅の根本理念が主権在君並びに神話的国体観に基いている事実は、明かに基本的人権を損い、且つ国際信義に対して疑点を残すもととなる。よつて憲法第九十八条の本旨に従い、ここに衆議院は院議を以て、これらの詔勅を排除し、その指導原理的性格を認めないことを宣言する。政府は直ちにこれらの詔勅の謄本を回収し、排除の措置を完了すべきである>

 こういった経緯を見ていけば、教育勅語に「普遍性をもっている部分」などひとつもないことは明らかで、そこに「普遍性」を見出すのは、歴史を修正する振る舞いに他ならない。

(倉野尾 実)

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