最後の1年間、ファンだけを信じて
もともと安室奈美恵を「輝く女性」だと語ってきたのは、ほかでもない、彼女のファンたちだ。引退前後の報道ラッシュのなかでも、ファンの声はその人気を裏打ちするものとしてメディアでも紹介されてきた。しかし田中准教授は、「安室奈美恵さん本人とファンとの関係を正しく描けたメディアは数少ないのでは」と話す。
「私の教えている女子大生にも安室さんのファンがいますが、彼女たちは確かに『完成されたパーフェクトでカッコいい女性』としての安室さんに憧れを抱いているようです。安室さんが未完成な時代を知らないのだから、それは仕方のないこと。でも、過去を知るどころか、それを面白おかしく書き立ててきたメディアが、引退に際してやおら若いファンと同じ論調で安室さんを評価してみせるのは、ちょっと姑息に感じられます」
田中准教授は、「ファンとの関係から安室像を探るならば、安室をずっと支えてきた数多くの女性たちにこそ目を向けるべきではないか」と語る。安室奈美恵の大ファンであるイモトアヤコ、あるいは沖縄の航空会社JTAで安室奈美恵デザイン機を復活させた社員たち。安室奈美恵をずっと支えてきたファンとは、すなわち同世代を生きてきた、こうした女性ファンたちのことだ。
「いい時期も悪い時期も安室さんを支えてきたファンたちにとって、メディアの語る『すごい』は表層的だし、メディアの描く安室奈美恵像など虚像にすぎないのではないでしょうか。昔からの安室ファンたちはむしろ、決して“完璧ではない”安室さんにこそ、ひかれてきたのではないか。他人には理解できない孤独を抱えながら、血のにじむような努力をし続けてきたことに心を動かされ、励まされてきたのではないでしょうか。
ファンたちが“未完成”の安室さんに魅了され、応援し続けてきたのは、彼女たちの生きづらい現実があったからこそ。安室さんをたたえるなら、同時代を生きる“輝きたくても輝けない女性たち”の心理や社会的背景に触れてほしいものです。それこそが、メディアの役割なのではないかと思いますね」
安室は、常にファンへの感謝を口にしてきた。MCなしのコンサートについても「ファンの人が求めているのは歌って踊る姿なんじゃないか」「ファンの人がわかってくれるからこそ、苦手なMCをせずにコンサートができる」と語っていた。そもそも、一時期から彼女はメディアに露出することをほとんどせず、ファンと触れ合えるコンサートをほぼ唯一の表舞台としてきたのだ。
ひょっとして安室はいつからか、自分やその周囲に土足で踏み込んでくるメディアに対して、いっさいの期待を捨てたのではなかろうか。自分のファンさえ自分を正しく評価してくれれば、それでいい――。安室奈美恵はそんな思いで、引退までの最後の1年間、さまざまなメディアに露出しながらも、信じるファンだけに向けて言葉をつむいでいたのかもしれない。
(文/有馬ゆえ)
1 2