メキシコからドラッグを買うアメリカ、アメリカから武器を買うメキシコ
メキシコの麻薬戦争が激化、拡大したきっかけをたどっていくと、2006年に行き当たる。70年以上政権を握っていた制度的革命党が低迷する中、国民行動党のフェリペ・カルデロン大統領が就任したのである。
制度的革命党時代も麻薬カルテル同士の抗争は起きていた。しかし一般市民と麻薬カルテルを含む反社会勢力との棲み分けができていた。政府と麻薬カルテルは、持ちつ持たれつのなれ合いの関係を維持していた。政府が麻薬カルテルをコントロールして、一線が保たれていたのだという。
しかしフェリペ・カルデロン大統領の登場でそのバランスが崩れてしまう。彼は麻薬カルテル撲滅を宣言した。だが、腐敗した軍や警察に、麻薬カルテルを押さえ込む力はなかった。その戦いで、分裂したり、敵対したりした麻薬カルテル同士の抗争が過激化し、さらに利権や報酬を求める警察や軍も加わり、市民も巻き込んだ殺し合いが始まった。
見過ごせないのが、隣国アメリカとの関係である。2000年からメキシコの取材を続ける写真家の亀山亮氏は次のように説明する。
「そもそも“メキシコ麻薬戦争”という言葉に語弊がある。メキシコで生産されたドラッグは、アメリカに輸出される。その金で麻薬カルテルはアメリカから武器を買う。単にメキシコだけで暴力が起きているという問題ではない」
抗争が激しくなれば、さらに武器が必要となる。麻薬だけでは武器購入は賄えなくなり、資金稼ぎのため誘拐をはじめ、あらゆる犯罪に手を染めるようになる。メキシコの治安は悪化し、秩序は崩壊した。
止まらない暴力の連鎖の果てに犠牲となるのは、普通の生活を送っていたメキシコ市民である。
亀山氏は、コロンビアで麻薬の生産、販売を行う反政府ゲリラを取材した経験もある。コロンビアでも身代金目的の誘拐や凄惨な暴力が繰り返されていた。亀山氏は、「ひどい現実だったが、コロンビアのゲリラには反政府・反アメリカというある一定のイデオロギーがあった。一方、メキシコの麻薬カルテルに思想はない。金と権力を求め続けるだけの無秩序な集団」と指摘する。
「麻薬カルテルといっても、実態がわからない。小さい組織が無数に乱立して常に戦い続けている。貧しく職がない若い連中は、武器を持たされている自分が戦う理由も、戦う相手もわからないまま、戦いの構図に否応なく巻き込まれていく。誤爆もある。被害者遺族は、なんで自分の子どもが誘拐され、なんで殺されたのか、どんな構図になっているのか、わからない。でも、政府に近い金持ちは絶対に誘拐されない。力を持たない人たちが犠牲になっている」
かつてメキシコでも、誘拐となれば金持ちを狙っていた。金持ちから大金を一度に奪ったほうが効率がいい上、リスクも少ないと考えるのが普通だ。しかし最近は違う。
麻薬カルテルは、ひとつの村を襲えばいくらの金になるか、計算する。たとえば、子どもが誘拐されれば、貧しい家庭でも車や家を売ることが可能ならば1万ドルか2万ドルは用意できる。その村に何家族が暮らしていて、何人誘拐すればいくらくらいになるか、はじき出すのだという。
「そういうビジネスが日常的に成り立っている。お金を払って無事に帰ってくるケースもあれば、殺される場合もある。何度も誘拐される人もいる。でも、誰も何も話さない。話したことが知られれば、自分だけでなく、家族が殺されるかもしれないから」