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堂本剛は「アイドル」への偏見と戦い続けENDRECHERIに辿りついた

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「CDジャーナル」(音楽出版社)2018年10月号

 堂本剛(ENDRECHERI)を特集した9月29日放送『SONGS』(NHK)では、バンドメンバーと共にリラックスしながら新曲「funkyレジ袋」をレコーディングする姿や、9月15日に行われた東大寺でのライブの模様が流されるなど、ファンには嬉しい映像がたくさん放送された。

 とりわけ視聴者の心を打ったのは、現在のような充実した音楽活動のかたちを手にするまでに堂本剛がたどった苦悩が、本人の口から語られていたことだ。

 堂本剛は2002年にソロデビューを果たす。ファーストアルバム『ROSSO E AZZURRO』から多くの曲で作詞作曲を手がけているが、ジャニーズ事務所のアイドルとしては珍しいこの活動形態は、メディアを通して消費される自分と、本当の自分との間のギャップに苦しむようになった彼の心を救うきっかけのひとつとなる。

 『SONGS』のなかで堂本剛は、ソロ活動にのぞむにあたっての思いを、<音楽やったら、自分が決めたこと、自分の言霊とか、自分の本当の思ってることとか、そういうものを作品にできるなぁと思って。で、本当の自分というものが、純粋な無垢な自分が作品に投影されるかなぁと思って>と振り返っている。

堂本剛が戦った「アイドルとしての“堂本剛”」

 そういった「“アイドルとしての虚像”と“本当の自分”との格闘」は、当時のエッセイでも綴られていた。1999年から2005年まで「Myojo」(集英社)に連載したエッセイを集めた本『ぼくの靴音』(集英社)には、こんな言葉が綴られている。

<本当は、作られた“堂本剛”なんて要らない。ありのままの自分で、たくさんの事を感じたり、作ったり、愛したり出来れば良い>
<こないだ、また歌を作った。俺の本当の気持ちを知りもしないくせに、世間は、俺の事をああだこうだ、と決め付けたりするけど、そんな事に囚われてたら、自分は止まったまま、たとえ心臓がガタガタになろうが、絶対に負けへん、くたばらへん、進んでいくぞ…って歌>

 しかしその一方で、前述『SONGS』では、当時味わった悔しさも語っている。命を削って書いた曲たちは、「アイドル」という偏見ゆえ、正当な評価を受ける土俵に上がることすら容易ではなかったのだ。

<曲をつくって最初にプレゼンさせてもらったときはみんなに言われたんでね。『本当にアイツがつくってんの?』とか、『ジャニーズでこんなのつくれるヤツいんのか?』とか、いっぱい言われたんでね。で、その度に悲しかったけど、それが現実やったから>

 それからキャリアを重ね、さらには、「ファンク」という自分が追求したい道も見出したことで、近年の堂本剛のソロ作品は音楽的にも高い評価を受けるようになる。

 『SONGS』のカメラがレコーディングスタジオに入ったのは、「funkyレジ袋」のレコーディングも大詰めを迎え、さらに締切ギリギリという、本来ならばピリピリしていてもおかしくない状況だった。にも関わらず、堂本剛を含んだバンドメンバーは皆ソファに座ってダラダラしながら冗談を飛ばし合っている。

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