在日米陸軍トップ就任のルオン少将、南ベトナム難民から米軍司令官への“数奇な半生”

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軍人としての順風満帆なキャリア

 米国に入隊してからのルオン氏の戦歴はまさに華々しく、イラク戦争やアフガニスタンの対テロ戦などにも参加した。

 今回の在日陸軍司令官になる前は、韓国に駐留する米陸軍第8軍の副司令官(作戦担当)を務めた。当時、朝鮮半島情勢が緊迫する中、即応体制の整備に当たったという。こうした経歴から、朝鮮半島で有事が発生した際、米本土から日本に派遣される部隊の受け入れ等に手腕を発揮することが今から期待されている。

 在日米陸軍司令官の交代式がキャンプ座間において8月28日に行われ、米陸軍の伝統にのっとり、離任するジェームス・パスカレット少将からルオン少将に、指揮官旗が手渡された。欧米系の大男が居並ぶ中、ルオン将軍は身長では劣っても、その姿は堂々たるものだった。

在日米陸軍トップ就任のビエット・スァン・ルオン少将、南ベトナム難民から米軍司令官へ数奇な半生の画像3

前任のパスカレット少将から指揮官旗を受け取るルオン少将


 式典でルオン氏は、「長きにわたる日米同盟は米国にとって最も重要な同盟なひとつであり、自分もこれからの日米同盟に貢献したい」と決意を述べている。

在日ベトナム人社会では知られない存在

 難民の子から将官、そして、在日米陸軍司令官にまで上り詰めたルオン少将。米国の在ベトナム人社会では自分たちの“出世頭”として英雄視されていることは先に述べたが、現在日本で働く約24万人(2017年10月現在、厚労省調べ)のベトナム人の間では、その存在はほとんど知られていない。

 米陸軍のホームページによると、ルオン将軍はベトナム語も流暢に話し、「アメリカ人であることを誇りに思うのと同等に、ベトナム人であることを誇りに思う」と述べるなど、今もベトナム人であることのアイデンティティを大事にしていることが見て取れる。

 在日米陸軍司令官としての日本滞在中には、防衛大学(神奈川県横須賀市)で学ぶベトナムからの留学生との交流もぜひ深めてほしいと願う。そして、「そんな立派な人がいるとは知りませんでした。私たちにも会ってもらいたい」(都内、ベトナム人留学生)との声にも応えてもらいたいものである。


 国が北と南に分かれ戦ったベトナム戦争は、1975年4月30日のサイゴン陥落で終結した。当事者たちにとって、それから43年がたった今でも傷はまだ癒えていないかもしれない。それは、第三者の立場にあった日本人にはなかなか理解できない感情だろう。

 これから日本で数年は活動することとなる在日米陸軍司令官・ルオン少将の存在が、在日ベトナム人社会でも広く知られるようになり、やがて彼らとの交流の機会なども生まれれば、多少なりとも真の意味での“南北和解”につながるのではないか。

 ベトナムの南北間の民族感情を十分には理解していないであろう、外野席にいる筆者は、そんな勝手な希望を持ってしまうのである。



【文/本田路晴(ロボティア編集部)】

 

【筆者】
本田路晴(ほんだ・みちはる)

新聞社特派員として1997年8月から2002年7月までカンボジアのプノンペン、インドネシアのジャカルタに駐在。その後もシンガポール、ベトナム等で暮らす。東南アジア滞在歴足掛け10年。さまざまな視点から同地域をウォッチし続ける。

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