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村上春樹がノーベル文学賞に関する報道を嫌うのは、芥川賞をめぐる苛立ちに由来する?

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村上春樹『職業としての小説家』(スイッチ・パブリッシング)

 毎年ノーベル賞受賞者が発表されるこの時期になると「村上春樹は今年こそノーベル文学賞受賞なるか?」とニュースになる。

 そんななか、当の村上春樹本人は、ノーベル文学賞をめぐる狂騒に対して冷ややかな見方を変えていないようだ。10月6日にニューヨークで行われたイベントに登壇した村上春樹はこのように語ったという。

<年齢を重ね、小説家であるとともに紳士であろうとしているが、トランプであると同時にオバマであるかのように難しい。大事なのは、払った税金の額や過去のガールフレンドについて語らないこと、そしてノーベル文学賞について考えないことだ>(2018年10月7日付「NHK NEWS WEB」より)

 ノーベル文学賞を選考するスウェーデン・アカデミー会員関係者の性的暴行や情報漏洩をめぐる疑惑などによって生じた混乱により、今年のノーベル文学賞受賞者の発表は見送りとなった。新たな会員が選出されるなど組織改革が進んでいるが、来年の発表も見送りになる可能性も出ており、先行きは不透明だ。

 そういった状況を受けて、スウェーデンのジャーナリストや作家が設立した団体により、ノーベル文学賞の代わりとなる新文学賞が設立された。その最終候補者4人のなかに村上春樹の名前が入っていたのだが、しかし、村上春樹はその評価に感謝を示しながらもノミネートを辞退している。その理由は<メディアからの注目を避けて執筆活動に専念したい>(2018年9月16日付「朝日新聞DIGITAL」)というものだという。

 日本国内のメディアが秋の風物詩であるかのごとくノーベル文学賞について騒ぎ立てるのをよそに、村上春樹本人の姿勢は一貫していた。その背景には過去に文学賞をめぐって体験した不快な思い出が影響しているようだ。

村上春樹が芥川賞ノミネートで味わった苦痛

 村上春樹は『職業としての小説家』(スイッチ・パブリッシング)のなかで、芥川賞をめぐる体験を語っている。

 村上春樹は第81回(1971年)と第83回(1973年)で芥川賞の候補となっている。それぞれ、『風の歌を聴け』と『1973年のピンボール』(いずれも講談社)が対象の作品となっていたわけだが、1971年は重兼芳子『やまあいの煙』(文藝春秋)と青野聰『愚者の夜』(文藝春秋)がダブル受賞し、1973年は該当作品なしと、村上春樹はどちらも受賞を逃している。

 この2回の芥川賞ノミネートをめぐるメディアとのやり取りは、文学賞をめぐる村上春樹の考え方に強い影響をおよぼしている。『職業としての小説家』では、このように綴っていた。

<僕自身は受賞してもしなくても、ほんとにどちらでもよかったんですが、候補になると、選考会が近づくにつれて周囲の人たちが妙にそわそわして、そういう気配がいささか煩わしかったことを覚えています。変な期待感があり、それなりの細かい苛立ちみたいなものがあった。また候補になるだけでメディアにも取り上げられ、その反響も大きく、反撥みたいなものもあり、そういうあれこれが何かと面倒でした>

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