ホモソーシャルに生きる男性たちが、いとも簡単に「ヤバくなる」瞬間

【この記事のキーワード】

高橋:私はこの事件だけでなく、男性による集団犯罪の裁判もよく傍聴しているのですが、たしかに男性同士ってすごく空気を読みますよね。本当はやりたくなかったけど、その場の空気に逆らえず、結果犯罪に加担してしまった、というケースもあるので。

清田:僕は大学の恩師に習った“human being”と”human doing”という概念がとても重要だと思っていて、物事の見方のベースになっています。どちらも「人間」を表す言葉ですが、beingというのは存在のことで、その人の中にある感情や歴史や思想信条すべてを含む“その人であるところのもの”を指して人間といっている。一方のdoingは行為のことで、その人がしたこと、できること、持っているもの……具体的には能力や実績、収入、フォロワー数、偏差値、経験人数などの総体として人間を捉える考え方です。

高橋:先ほど清田さんがお話しされた、ホモソーシャルのなかでチキンレースの指標となるものは、全部doing。

清田:そう感じます。すべて“こんなことまでできる俺”をアピールするための行為だと思うので。彼らがしたようなこと、つまり性暴力って、美咲のdoing(積み上げて来た社会生活)を揺るがすことでもあるけど、それ以前に彼女のbeingを破壊する行為だと思うんです。信じていたものが信じられなくなり、ただそこにいるということができなくなってしまった。それまでの自分の歴史とのつながりが断ち切られ、自分のなかの大きな何か、あるいは存在の基盤となっていた世界が壊されてしまったような感覚があったんじゃないかと想像します。

三浦:beingって、人の尊厳そのものってことですね。

他人の尊厳を無価値と見なす人たち

高橋:つばさたちは、beingに関しては鈍感を通り越して、無価値なものとみなしていますよね。

三浦:つばさについての描写で「人の情感の機微について考える性質(たち)ではない。彼はまっすぐで健やかな秀才なのだ。健やかな人間は内省を要しない」とありましたね。つまり自分のものでも他人のものでも、beingについて考えるのは無駄な時間で、そんなことを気にかけていたら東大には入れなかった、と。

清田:それでもbeingって本来は止めがたく発生してしまうものだと思うんですが、彼らはbeingの感情を徹底的に意識の外に追いやろうとする。そんなものに囚われていたら受験戦争で負けてしまうから。子どものころからそうしてきたがゆえに東大生というポジションを獲得したわけですよね。

三浦:でも美咲と出会った夜、つばさのなかで彼女に対するbeingがたしかにありましたよね。

清田:そうだと思うし、姫野さんもそれを祈るように描いてますよね。1対1でクローズドの、外の目が働かない環境で、しかもロマンチックなシチュエーション。出会ったばかりのフレッシュなドキドキもあったし、美咲のGカップの胸に対する、姫野さんの言葉を借りるなら“ごくふつうの若い男の、自然な反応”とも言える興味もあって、恋心と呼べるようなもの(being)がわきあがった……はずなのに、なぜかその半年後、美咲を飲み会に連れていってdoingでしかつながっていない仲間たちからの評価にさらされたときに、価値観のモードを切り替えて「こいつ、マジ胸でかいから、さわっていいよ」と冷たく言い放つまでになってしまった。

高橋:彼らだけでなく社会全体にdoingばかりを評価して、beingを軽視するところがありますよね。

三浦:本作には「私は東大生の将来をダメにした勘違い女なの?」という惹句がつけられていて、これは現実の事件が報道されたあとに飛び交った、女性への二次加害をもとにしたものだと思うのですが、世間が被害女性のbeingより、将来性ある東大生のdoingを重んじていると見ることができますね。

清田:今年、アイドルグループのメンバーが10代の少女に加害して芸能界から去ることになったときも、彼のdoingが崩れたところばかりに着目してセカンドレイプをする人が多かったですよね。被害少女は彼によってbeingが損なわれたし、doingだってきっとダメージを受けているのに。

三浦:日ごろ痴漢と痴漢冤罪の問題を見ていて、世間には“男性の人生のほうが女性のそれより価値がある”という考えがあると感じています。だから現実にどれだけ起こっているのかわからない冤罪疑惑で男性の人生がオシマイになることばかりが気にかけられ、リアルに痴漢被害に遭った女性の人生がその影響を長く受けて生きづらくなることにはあまり目を向けられないのかなと。このアンバランスさも、女性のbeingと男性のdoingで考えると理解が進みます。後者が危機にさらされることばかりやけに声高に叫ばれ、女性のbeingだけでなくほんとはdoingも傷つけられていることには想像が及ばない。

でも、つばさたちも、現実の事件の加害者たちも人生オシマイにはなっていないですよね。ユキさんが彼らのその後を追ったところ、ひとりはいまでも東大ブランドを利用して活動しているとか。

高橋:そうなんです。「彼女が~」でも加害者たちは名前を変えたり海外に拠点を移したりして、抜け道を見つけてエリート人生を生きつづけていますけど、現実でもそれと似たようなことが起きていたので、空恐ろしくなりました。

清田:高橋さんは実際に裁判を傍聴して、彼らの“揺れ”みたいなものは感じましたか? それがbeingにあたると思うのですが。

1 2 3

「ホモソーシャルに生きる男性たちが、いとも簡単に「ヤバくなる」瞬間」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。